【海軍省 練習兵用 歴史教科書】16. 元寇の撃攘

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(4)元寇(げんこう)の撃攘(げきじょう) 蒙古の興起 當時大陸に於ては 新羅の滅後、半島に高麗が興り、支那に於ては唐の亡びた後、宋(そう)が興って国内を統一したが、北方から金に圧迫されて南遷し、両者対立の状態にある時、北方に更に蒙古の勃興を見た。 即ち鎌倉時代の初期、黒龍江の上流に遊牧の生活を送る蒙古民族の中から成吉思汗(ジンギスカン)が現れ、内外蒙古を統一して蒙古帝国を建てた。 その後、蒙古は頻(しき)りに四方を攻略し、金を滅ぼして満州・北支を併せ、次いで東は高麗を服従せしめ、西は西蔵(チベット)、次いで中亜の諸国を征服し、更に遠くヨーロッパに侵入してロシヤを征服し、ハンガリー・ポーランド等を蹂躙して空前の大国を形成した。 蒙古の来牒 かくて蒙古は忽必烈汗(フビライハン)に至ってますます強く、遂に不遜にも我が国をも臣従せしめようとし、第九十代亀山天皇の文永5年(皇紀1928)、國書を我が国に送って服従を勧めた。 時の執権北条時宗(ほうじょうときむね)は断固としてこれを斥け、西国(さいこく)の諸将に命じて防備を堅くさせ、国民もまた上下一致して戦備を整へた。 文永の役 やがて蒙古は國號(こくごう)を元と称したが、第九十一代、後宇田(ごうた)天皇の文永11年(皇紀1934)、元軍四萬は艦船九百余艘に分乗して来寇し、先ず對馬・壱岐を侵し、進んで博多に迫った。 敵が巧妙な集團戦法を用ひ火器を使用したため、形勢は一時我に不利となったが、わが軍はよく奮戦してこれを防いだ。 時にたまたま神風が大いに起こって敵艦は多く破れ、残兵は辛うじて逃れ去った。これを文永の役といふ。 弘安の役 その後、元は使を遣はして我を脅かしたが、時宗はこれを鎌倉に斬って断固たる決意を内外に示すとともに、博多湾沿岸、その他に石壘(せきるい)を築かせてますます守備を厳(げん)にし、更に進んで蒙古征伐の計画さへ樹て、国民の戦意は大いに揚がった。 果せるかな弘安4年(皇紀1941)、元軍は再び大挙して来寇した。 五月、東路軍(とうろぐん)四万は先ず壱岐・対馬を侵し、進んで博多に迫ったが、我が軍は石壘(せきるい)に據(よ)って防戦し、またしばしば敵艦を急襲して敵将を殪(たお)し、大いに敵の心膽(しんたん)を寒からしめた。 次いで七月、江南軍(こうなんぐん)十万は海を蔽(おお)うて鷹島(たかしま)に来襲し、まさに東路軍(とうろぐん)と合して我に迫ろうとしたとき、神風が再び起こって敵艦は多く覆没(ふくぼつ)し、我が軍はこれに乗じて大いに敵を破った。これを弘安の役といふ。 戦勝の因由 元寇は未曾有の国難であったが、畏(かしこ)くも龜山(かめやま)上皇は御身を以て国難に代わることを皇大神宮に祈り給ひ、執権 時宗は身を捨てて難局に善処し、将士の奮戦、社寺の熱祷(ねっとう)はもとより國民もまたことごとく奮起し、上下一致して元寇撃攘(げきじょう)のことに当たったため、神助は神風となって我が國を、お護(まも)りになり、さしもの大敵をも撃攘して国威を發揚することができたのである。 神國思想の展開 かくて元寇を機として國民の我が國體に對する自覺は大いに高まり、我が國の神國たる所以が国民の間にいよいよ固く信ぜられるやうになった。 国難に際し我が國民が皇室を中心として挙国一致の實を挙げ得たのは、實はこの国家意識の昂揚によるものであった。 されば神国思想によって深められたこの國體観念は、後に勤皇精神(きんのうせいしん)を育み、幕府の存在が我が国本来の姿でないことを国民に自覺せしめ、それがやがて建武中興を促進し奉ることとなったのである。 海外発展の促進 また元寇の撃攘による國民精神の昂揚は 国民の海外発展の気運を促し、戦後、西海(さいかい)の士民は盛(さかん)に貿易に従事して、大陸への進出を試み始めた。 國體の自覺と神國思想 凡(すべ)て天照皇大神天統を耀(かがや)かしたまひしより、日本今皇帝日嗣(ひつぎ)を受けたまふに至るまで、聖明の覃(およ)ぶところ、左廟右禝(さびょう うしょく)の霊、得一無二の盟に属せざるはなし。 百王の鎮護孔(はなは)だ昭(あきら)かに、四夷の脩靖(しゅうせい)紊(みだ)るることなし。 故に皇土を以て永く神國と號(ごう)す。 知を以て競ふべきにあらず、力を持って争ふべきにあらず、以て一二し難し。乞ふ、思量せよ。 (贈 蒙古國 牒案) すゑのよの 末の末まで わが國は よろづのくにに すぐれたる國 (東巖慧安(とうがんえあん) [宏覺禪師(こうがくぜんじ)]) 西の海 よせくるなみも こころせよ 神のまもれる やまと島根ぞ (中臣祐春(なかとみのすけおみ))
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