RJP はタイミングが命――ELM からの示唆

 
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ここのところ、入社試験や採用についてお話しています。そのなかでも特に、入社した後に「こんなはずじゃなかった」「聞いていた話と全然違うじゃないか」という悲しい事例の発生を防ぐために有効なリアリスティック・ジョブプレビュー(RJP)というプロセスを前回ご紹介しました。RJPとは、この組織の風土や仕事の進め方はこうなっています、あなたが採用された場合にお願いするのはこういう仕事ですよ、こんな大変なことやこういう課題もあります、というのをあらかじめ採用候補者に対してきちんと提示するということです。しかし、なかなかRJPを実際に行っている組織は少ないのが現実です。 RJPを上手くやれば、仕事のことがよく分かっている人だけが応募してくるので効果的です。にもかかわらず、実際にそれを行っている組織が少ないのは何故か。本日はこの問いについて考えていきましょう。 一つのポイントとして、RJPを行うことによって、それまで見えていなかった現実を伝えると、見かけ上の応募者数が減ってしまうという構造があります。ではどうすればよいのかというところを前回お話したのですけれども、そもそも、耳あたりがよいキラキラした情報ばかりのメッセージよりもリアルな情報を発信した方が不利になってしまうのは何故か、というところから考えてみたいと思います。 応募を考えている候補者は、本当ならば――これは、合理的に考えれば、という意味ですが――良い点も悪い点も含めて、リアルな情報を求めてしかるべき、です。 しかし、本当にそうであるならば、RJPを実践する企業の方が多くの応募者を集められそうなのに、実際にはそうなっていない。何故でしょうか? この問いについては、エラボレーション・ライクリフッド・モデル(Elaboration Likelihood Model)という、ちょっと舌を噛みそうな名前の理論があり、ここにヒントがあると考えています。エラボレーション・ライクリフッド・モデルにはいくつか日本語訳があって、精緻化見込モデルとか言われたりもするのですが、かえってわかりづらいのでここでは「ELM」という略称を使わせて下さい。 ELMは、人が情報を受け取った時に行う情報処理のパターンを説明する理論です。それによると、ある情報を受け取った時、人はまずそれを深く検討するだけの強い動機と十分な余裕が感じられなければそもそもあまりメンタルエネルギーを割こうとしない。つまり、あまり余裕がない時はパッと見の印象だけで判断して、好ましそうな情報ならとりあえずそれを受けとめ、でなければすぐに無視してしまう。パッと見の印象が好ましい場合に「とりあえず受けとめる」というのは、例えば採用ページに見栄えのするオフィスの写真が載っているとか、WEBサイトに事業提携しているという有名企業のロゴマークが並んでいると、詳細は全然みていないけれど何となくよさそうだと思う、といったことです。ほかにも、僕がよく研究対象にするスタートアップでありがちなケースだと、創業チームのメンバーの顔写真と経歴が載っていて、そこに海外の有名大学だとか、誰もが名前を聞いたことがあるコンサルティング企業に勤めていましたといった情報が載っている、そういったものが表面的な情報になります。 あまり情報を吟味する余裕がないと、そういったパッと見の印象に流されて、情報の受け取り方が影響を受けてしまうということです。一方で、情報を吟味する強い動機がある、例えば、真剣に転職先を探しているとか、情報を詳しく検討する時間的・精神的な余裕がある場合、人はメッセージの中身を詳細に分析します。その時、ちょっと大げさな表現ですが、自分が持っている世界観に変化が生じたかどうかがELMでは鍵になります。就職や転職の文脈でいうと、採用に関する情報を目にした候補者が、これまで彼女ないし彼が自分の世界観の中で「応募の検討対象」として位置づけてなかった組織に対して新たなイメージを抱くようになり、これは応募をするために自分の時間や労力を費やしてもいい対象だと思い直して世界観がアップデートされたか、これを判断するフェーズに入るということです。 ここで、確かにこの組織で仕事することは自分にとって魅力的だと、中身をしっかり吟味した上で判断した場合、その人のその後の行動はかなり持続的になります。つまり、多少選考プロセスが長かったり、あるいはその間の負担が大きかったりしても、しっかりそれを乗り越える努力をし続けてくれると予想されます。RJPはこの段階にある人を対象にするのが望ましいと思われます。何故なら、そういう人であればRJPによるワクチン効果、つまりリアルな実情を知ってこういう大変なことがあるけれど大丈夫ですかというふうに言っても、しっかり受けとめてくれることが予想されるからです。 しかし、まだそこまで強い動機を抱いていない人だとか、就職や転職を真剣に考えてはいるのだけれど、それ故日々多くの情報に目を通さなければいけなくて、情報処理能力がパンクしそうになっている人等は、一つ一つの情報をそこまで吟味出来ません。これは個人のやる気や能力の問題ではなくて、状況や環境の問題です。 以上のELMによる示唆をまとめると、時間的・精神的に余裕がない人にRJPを行って仕事の状況や職場環境のリアルについて詳細に伝えようとすると、かえってオフィスの見た目だとか、関係者の学歴など、表面的な情報に目を向けさせることになってしまうということになります。「その程度の情報処理能力しかない人は、うちに元々合わないよ」というのはもちろんその組織の自由なんですけれど、先ほど述べた通り、これは個人の能力だとかやる気よりも環境の問題だと考えるべきです。特に最近は人事・採用関係のサービスがたくさんありますので、候補者からすると興味を持っていくつかめぼしいものに登録してみるだけでも、いくつもいくつも情報が流れてきます。とてもすべてを全力で検討するわけにはいかないというのが実情と思います。 それでは、どうしたらいいのでしょうか? これを解消するために、採用エージェントの力を借りて、候補者にはエージェントの方と一対一で検討を進めて頂くというのが一つの策ではあろうかと思います。しかし、どの会社もエージェントも使うようになれば結局状況がさらに複雑化するだけですし、新卒採用等でエージェントが一人一人に対して対応するのは現実的ではないというケースもあるかと思います。そこで次回は、RJPを行いつつ候補者に自社で働く事を真剣に吟味してもらう手段として、大学とコラボして産学連携の授業を行うというアプローチについて実例を交えてお話しようと思います。 今日のまとめです。人が情報処理をする時の思考パターンには大きく分けて、真剣に吟味するときと、パッと見の表面的情報で判断するときの二つがあり、どちらのパターンに思考が向かうのかは個人のやる気や能力よりもその時の状況に左右されます。真剣に情報を吟味した結果自社への応募を決心してくれた候補者は持続性が高く、仕事のリアルな実情を伝えた時にも怯むことはありません。しかし、情報を深く検討する余裕がない人に詳細にわたる情報を送っても、かえって表面的な部分に目を向けさせる結果になりかねません。

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