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海軍省 練習兵用 歴史教科書 内治の振興

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2.皇威の発展

(1)内治の振興

皇大神宮(こうたいじんぐう)

神武天皇の御即位以来、歴代天皇の御聖徳により皇威はいよいよ伸張したが、第十代 崇神天皇(すじんてんのう)の御代以後はその発展が特に顕著となった。

三種の神器(じんぎ)は 天照大神が瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)にお授けになって以来、御歴代の天皇はこれを宮中に奉安し、とくに神鏡(しんきょう)は大神(おおみかみ)の御霊代(みたましろ)として親しくこれを祭り給うていたが、崇神天皇はこれを 畏(おそ)れ多く思し召して、御鏡を御剣とともに大和の笠縫邑(かさねひのむら)に奉遷し、宮中には新たに御鏡・御剣を模造して御璽(ぎょじ)とともに奉安し給うた。

次いで、第11代 垂仁天皇(すいにんてんのう)の御代になって、更に笠縫邑(かさねひのむら)より伊勢の五十鈴川(いすずがわ)のほとりに遷し奉られた。即ち 今の皇大神宮(こうたいじんぐう)であって、内宮(ないぐう)と申し上げる。

皇威伸張と産業の奨励

天皇は更に皇化あまねく国内にお布きになろうとして、まだ皇威の及ばない地方に四道将軍を派遣せられ、地方人民の強化に當(あた)らしめられた。

また、天皇は深く大御心を国民の生業に注がせられ、池溝を掘って農事を奨励せられた。

かくて皇化は遠隔の地に及び、国内の産業もまた大いに起こったので、天皇は男に弓弭調(ゆはずのみつぎ)、女に手末調(たなすえのみつぎ)を獻(たてまつ)らしめ、ますます国力の充実を御圖(はか)りになった。

天皇はまた 船の効用を教えて大いに船を造らしめ、海国日本発展の基礎を定め給うた。このようにして皇威は遂に半島にまで及ぶようになり、御治蹟が大いに挙がったので、天皇を神武天皇と御供に 御肇國天皇(はつくにしらすすめらみこと)と申し上げる。

国内の平定

次いで垂仁天皇(すいにんてんのう)も鋭意内治の振興に努めさせられ、武備の充実にも大御心を注がせられたが、第12代 景行天皇(けいこうてんのう)の御代になり皇威は更に伸張した。

天皇は九州の熊襲(くまそ)の反乱を御親征遊ばされたが、次いで皇子日本武尊(やまとたけるのみこと)に命じて これを討たしめられ、更に東北地方の蝦夷(えぞ)に向かはしめられた。尊(みこと)は伊勢から駿河(するが)・相模(さがみ)を経て 上総(かずさ)に赴(おもむ)かれ、途中幾多の御苦難を経て 遂に日高見國(ひたかみのくに)に入り、その地の蝦夷を平定せられた。

帰路は甲斐(かい)から信濃(しなの)を経て尾張に帰られ、なおも付近を平定せられたが、遂に病を得て伊勢に薨(こう)ぜられた。

天皇は後、尊(みこと)の平定せられた地方を親しく御巡幸遊ばされて、尊の御事蹟を偲(しの)び給い、また多くの皇子を諸国に遣わして地方の開発を圖(はか)らしめたもうた。

内政の整備

かくて皇威の伸張に伴い内政の整備が必要となり第13代成務天皇(せいむてんのう)は山河の形勢に応じて国・懸・村を分かち、それぞれ国造(くにのみやっこ)・懸主(あがたぬし)・稲置(いなぎ?)等?を置いて地方行政に當(あた)らしめた。

ここにおいて皇威はますます輝き、国力もまた大いに充実し、後に半島諸国が我が国に帰属し、国威が大いに海外に発展する基礎が固められることとなったのである。

四道将軍の御派遣

群卿に詔して曰く、民を導くの本は 教化(おしえ おもむくる)に在り。今既に神祗を禮(いやま)いて灾言(わざわい)皆 耕(つ)きぬ。然るに遠荒人等(とおき くにの ひとども) 猶 正朔(のり)を受けず。是 未だ 王化(きみのおもむけ)に習わざるのみ。其れ群卿を選びて、四方(よも)に遣わして朕が意を知らしめよ。(中略)

大彦命(おおひこのみこと)以て北陸に遣わし、武渟川別命(たけぬな かわわけのみこと)を東海に遣わし、吉備津彦命(きびつひこのみこと)を西道に遣わし、丹波道主命(たんば みちぬしのみこと)を丹波に遣わしたまふ。

因りて以て詔して曰く、若し教を受けざる者あらば、乃ち兵を挙げて之を伐て。既にして共に印綬(しるし)を授けて将軍と為(し)たまふ。

「日本書紀」

海運の御奨励

船は天下の要用(むねつもの)なり。今 海邊(わだのほとり)の民(おおむたから)、船無きに由りて もって甚(にへさ)に歩運(かちはこび)に苦しむ。其れ諸国(くにぐに)に命(のりご)ちて 船舶(ふね)を造らしめよ。

「日本書紀」

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(1)内治の振興

皇大神宮(こうたいじんぐう)

神武天皇の御即位以来、歴代天皇の御聖徳により皇威はいよいよ伸張したが、第十代 崇神天皇(すじんてんのう)の御代以後はその発展が特に顕著となった。

三種の神器(じんぎ)は 天照大神が瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)にお授けになって以来、御歴代の天皇はこれを宮中に奉安し、とくに神鏡(しんきょう)は大神(おおみかみ)の御霊代(みたましろ)として親しくこれを祭り給うていたが、崇神天皇はこれを 畏(おそ)れ多く思し召して、御鏡を御剣とともに大和の笠縫邑(かさねひのむら)に奉遷し、宮中には新たに御鏡・御剣を模造して御璽(ぎょじ)とともに奉安し給うた。

次いで、第11代 垂仁天皇(すいにんてんのう)の御代になって、更に笠縫邑(かさねひのむら)より伊勢の五十鈴川(いすずがわ)のほとりに遷し奉られた。即ち 今の皇大神宮(こうたいじんぐう)であって、内宮(ないぐう)と申し上げる。

皇威伸張と産業の奨励

天皇は更に皇化あまねく国内にお布きになろうとして、まだ皇威の及ばない地方に四道将軍を派遣せられ、地方人民の強化に當(あた)らしめられた。

また、天皇は深く大御心を国民の生業に注がせられ、池溝を掘って農事を奨励せられた。

かくて皇化は遠隔の地に及び、国内の産業もまた大いに起こったので、天皇は男に弓弭調(ゆはずのみつぎ)、女に手末調(たなすえのみつぎ)を獻(たてまつ)らしめ、ますます国力の充実を御圖(はか)りになった。

天皇はまた 船の効用を教えて大いに船を造らしめ、海国日本発展の基礎を定め給うた。このようにして皇威は遂に半島にまで及ぶようになり、御治蹟が大いに挙がったので、天皇を神武天皇と御供に 御肇國天皇(はつくにしらすすめらみこと)と申し上げる。

国内の平定

次いで垂仁天皇(すいにんてんのう)も鋭意内治の振興に努めさせられ、武備の充実にも大御心を注がせられたが、第12代 景行天皇(けいこうてんのう)の御代になり皇威は更に伸張した。

天皇は九州の熊襲(くまそ)の反乱を御親征遊ばされたが、次いで皇子日本武尊(やまとたけるのみこと)に命じて これを討たしめられ、更に東北地方の蝦夷(えぞ)に向かはしめられた。尊(みこと)は伊勢から駿河(するが)・相模(さがみ)を経て 上総(かずさ)に赴(おもむ)かれ、途中幾多の御苦難を経て 遂に日高見國(ひたかみのくに)に入り、その地の蝦夷を平定せられた。

帰路は甲斐(かい)から信濃(しなの)を経て尾張に帰られ、なおも付近を平定せられたが、遂に病を得て伊勢に薨(こう)ぜられた。

天皇は後、尊(みこと)の平定せられた地方を親しく御巡幸遊ばされて、尊の御事蹟を偲(しの)び給い、また多くの皇子を諸国に遣わして地方の開発を圖(はか)らしめたもうた。

内政の整備

かくて皇威の伸張に伴い内政の整備が必要となり第13代成務天皇(せいむてんのう)は山河の形勢に応じて国・懸・村を分かち、それぞれ国造(くにのみやっこ)・懸主(あがたぬし)・稲置(いなぎ?)等?を置いて地方行政に當(あた)らしめた。

ここにおいて皇威はますます輝き、国力もまた大いに充実し、後に半島諸国が我が国に帰属し、国威が大いに海外に発展する基礎が固められることとなったのである。

四道将軍の御派遣

群卿に詔して曰く、民を導くの本は 教化(おしえ おもむくる)に在り。今既に神祗を禮(いやま)いて灾言(わざわい)皆 耕(つ)きぬ。然るに遠荒人等(とおき くにの ひとども) 猶 正朔(のり)を受けず。是 未だ 王化(きみのおもむけ)に習わざるのみ。其れ群卿を選びて、四方(よも)に遣わして朕が意を知らしめよ。(中略)

大彦命(おおひこのみこと)以て北陸に遣わし、武渟川別命(たけぬな かわわけのみこと)を東海に遣わし、吉備津彦命(きびつひこのみこと)を西道に遣わし、丹波道主命(たんば みちぬしのみこと)を丹波に遣わしたまふ。

因りて以て詔して曰く、若し教を受けざる者あらば、乃ち兵を挙げて之を伐て。既にして共に印綬(しるし)を授けて将軍と為(し)たまふ。

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海運の御奨励

船は天下の要用(むねつもの)なり。今 海邊(わだのほとり)の民(おおむたから)、船無きに由りて もって甚(にへさ)に歩運(かちはこび)に苦しむ。其れ諸国(くにぐに)に命(のりご)ちて 船舶(ふね)を造らしめよ。

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