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最高の Storytelling ポッドキャストが見つかりました。 (アップデートされました 1月 2020)
最高の Storytelling ポッドキャストが見つかりました。
アップデートされました 1月 2020
Most people grew up listening to stories that have been shared and passed on from generation to next as a means of entertainment, education, cultural preservation and instilling moral values. The podcasts listed in the catalog cover stories from every genre, real and sci-fi, for all ages, which be followed while you commute, walk in the park, climb a mountain, even without Internet connection. Some of the podcasts analyse popular myths and their cultural influence and origin. Other podcasts delve into the paranormal world, attempting to explore the unexplained as well as discussing about UFO encounters. Furthermore, you can find many audio books, bed-time stories for children, ranging from retelling of fairy tales to telling classic stories. Some hosts invite people from all walks of life to share their true, life stories. Others analyse the latest news in literature, from every genre, often accompanied by established and emerging authors.
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風も、雨も、自ら鳴っているのではありません。 何かに当たり、何かにはじかれ、音を奏でているのです。 誰かに出会い、誰かと別れ、私たちは日常という音を、共鳴させあっています。 YESとNOの狭間で。 今週、あなたは、自分に言いましたか? YES!ささやかに、小文字で、yes!明日への希望の風に吹かれながら、自分にyes!と言ったひとたちの物語をお聴きください。
 
月曜日の25時00分~26時00分までとにかく話を聴いてみたい人の話をたっぷりと60分間聴いてみましょう。全OA分ポッドキャストしてます。
 
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show series
 
看護師の代名詞ともいわれる、フローレンス・ナイチンゲール。 今年は、彼女の生誕200年、没後110年にあたります。 ナイチンゲールは、「物事を始めるチャンスを、私は逃さない。たとえマスタードの種のように小さな始まりでも、芽を出し、根を張ることがいくらでもある」と言いました。 その言葉どおりに、看護師になるチャンスを逃さず、のちに『日本のナイチンゲール』と呼ばれた、和歌山県出身の女性がいます。 國部ヤスヱ(くにべ・やすえ)。 彼女の功績をたたえるとき、決してはずすことのできない出来事があります。 1945年7月9日深夜から7月10日未明にかけて決行された、和歌山大空襲。 B29による和歌山市中心部への爆撃で、市内のおよそ7割が焦土と化し、1000人以上の尊い命が失われました。 22時25分、空…
 
『大森望×豊崎由美 文学賞メッタ斬り!スペシャル(第162回結果編)』(2020年1月20日OA) 2020年1月20日25時00分からのラジオ日本特別番組『大森望×豊崎由美 文学賞メッタ斬り!スペシャル(結果編)』のポッドキャスト版です。SF翻訳家、書評家の大森望さん、書評家の豊崎由美さんが第162回芥川賞、直木賞を徹底予想した予想編を受けての結果篇です。さて、予想は当たったのか?「ほぼノーカット」でお楽しみください。※一部楽曲は著作権の関係でお聞きいただけません。AM1422kHzRadioNippon による
 
和歌山県が生んだ唯一無二の偉人、南方熊楠(みなかた・くまぐす)の偉業や肩書をひとことで語るのは非常に難しいことです。 イギリスの大英博物館の東洋調査部に入り、科学雑誌『ネイチャー』で世界にその名を轟かせた博物学者。 キノコ、コケ、シダ、藻など菌類の研究で知られる生物学者。 昆虫、小動物の採取標本で名高い生態学者。 英語、フランス語、イタリア語など、10か国以上の言葉を操るグローバリスト。 そのほか、植物学者、民俗学者など枚挙にいとまがありません。 民俗学の大家、柳田國男(やなぎた・くにお)は、最大の賛辞を込めて、彼をこう評しました。 「南方熊楠は、日本人の可能性の極限である」。 一方で、南方はこんな言葉を残しています。 「肩書がなくては己れが何なのかもわからんような阿呆どもの仲間になることは…
 
『大森望×豊崎由美 文学賞メッタ斬り!スペシャル(第162回予想編)』(2020年1月13日OA) 2020年1月13日25時00分からのラジオ日本特別番組『大森望×豊崎由美 文学賞メッタ斬り!スペシャル(予想編)』のポッドキャスト版です。SF翻訳家、書評家の大森望さん、書評家の豊崎由美さんが第162回芥川賞、直木賞を徹底予想!ラジオのオンエアではカットされてしまった部分もお楽しみいただけます。「ほぼノーカット」でお楽しみください。※一部楽曲は著作権の関係でお聞きいただけません。AM1422kHzRadioNippon による
 
和歌山県出身の偉人に、麻酔薬「通仙散(つうせんさん)」を発明し、世界で初めて全身麻酔による乳がん摘出手術を成功させた外科医がいます。 華岡青洲(はなおか・せいしゅう)。 ときは、江戸時代。 鎖国政策の中、オランダからの洋書だけを頼りに、医学者たちが西洋医学を学びつつあった過渡期。 山脇東洋が日本人初の人体解剖を行い、杉田玄白が『解体新書』を刊行して、近代日本医学の夜明けを告げた頃、青洲はひとびとの痛みに向き合いました。 彼の名前を広めたのは、同じく和歌山県出身の作家、有吉佐和子の『華岡青洲の妻』という小説でした。 1966年に出版されたこの作品は、青洲の麻酔薬の実験台に自ら志願した嫁と母の壮絶な愛の物語。 大ベストセラーになり、映画やテレビドラマ、さらには舞台化もされ、今も上演され続けていま…
 
2020年、オリンピックイヤーの幕あけです。 7月の開催を前に、東京の街はさらに加速して変貌を遂げています。 56年ぶりの東京でのオリンピック。 どんなドラマが起こるのか、今から期待が膨らみます。 日本初の女性の金メダリスト、前畑秀子(まえはた・ひでこ)は、和歌山県に生まれました。 1936年8月11日、ナチス政権下で開催されたベルリンオリンピックの平泳ぎ200メートルで、ドイツ代表のゲネンゲルを僅差で破り、見事金メダル。 ラジオの生中継に日本中が熱狂しました。 「前畑、がんばれ!」「前畑、がんばれ!」。 アナウンサーは20回以上繰り返し、伝説の放送として今も語り継がれています。 前回大会のロサンゼルスオリンピックで銀メダルだった前畑は、この大会でどうしても金メダルを獲らなくてはなりませんで…
 
日本のフランス料理文化の礎を築いた先駆者がいます。 平松博利(ひらまつ・ひろとし)。 今から37年前の1982年、パリから帰国した彼は、東京・西麻布に小さなレストランを開業します。 「ひらまつ亭」。 席数は、わずか24席。でも、平松の圧倒的なフランス料理の腕と妻の温かいホスピタリティに、噂が噂を呼び、行列が絶えない伝説の店になりました。 以来、彼の躍進は続き、国内外にレストランを展開。 2002年には、パリに出店した店が日本人オーナーシェフとして初めて「ミシュラン」一つ星を獲得したのです。 フランスに基盤を持つことで得た人脈。 持ち前の人間力で出会いは拡がり、多くのフランス人シェフとの交流が始まります。 ポール・ボキューズ、マーク・エーベルラン、ジャックとローラン・プルセルとの業務提携が実現…
 
戦前の日本に、アメリカ・ハリウッドのメイク術や美容法を持ち込み、日本人女性の美を生涯にわたって追及した美容家がいます。 メイ牛山。 脚本家の小川智子(おがわ・ともこ)が記したメイ牛山のノンフィクションのタイトルは、こうです。 『女が美しい国は戦争をしない』。 小川はその著書の中で、メイ牛山のこんな言葉を紹介しています。 「ちゃんと、鏡、見ている? 朝、出がけにちらっと見るくらいじゃだめよ。全身が映る姿見で、一度じっくり自分を観察してごらんなさいな。客観的になることが、おしゃれの、つまり礼儀の第一歩。自分の美点を発見して、磨きをかけるのよ」 トレードマークは、お団子ヘア。 愛くるしい笑顔と、ひとを包み込む優しさ。 96歳で亡くなるまで、現役の美容家として活躍しました。 物心ついたときにまず彼女…
 
2020年、東京オリンピック・パラリンピックのメインスタジアムになる新国立競技場が先日完成しました。 緑豊かな明治神宮外苑の景観に配慮して、高さをおよそ47メートルに抑え、「杜のスタジアム」を具現化。 ドーナツ形の屋根には国産の木材を使用し、コンコースや競技場周辺にも、およそ4万7000本の木々が植えられています。 壮麗な建物を見ていると、東京でのオリンピック開催がいよいよ現実的なものに思えてきます。 初めての日本でのオリンピック開催となった1964年の東京オリンピック招致に生涯を捧げたひとがいます。 大河ドラマの主人公にもなっている、田畑政治(たばた・まさじ)。 その猪突猛進、直情径行な行動は、ときに周囲との軋轢を生みましたが、彼は自らの歩みをやめることはありませんでした。 第二次世界大戦…
 
映画の字幕翻訳という仕事を世に知らしめた第一人者がいます。 戸田奈津子(とだ・なつこ)。 彼女は、学生時代に字幕翻訳者という、当時まだそれほど知られていない仕事につきたいと思いました。 一度は別の仕事につきますが、もう一度夢を叶えたいと一念発起。字幕翻訳の巨匠、清水俊二(しみず・しゅんじ)に手紙を書きます。 その日から戸田が夢を叶えるまで、およそ20年かかりました。 「狭き門ってよくいうでしょう。あのね、開けてくださいって叩く門がそもそもないの。壁なのよ、一面、壁。そんなとき、夢だ、目標だって気持ちだけでは、中に入れっこない。食らいつく強い意志がないとね。私はこれでやっていくんだって信じる思いがないとね」 映画の字幕というのは、翻訳ではないと戸田は言います。 『字幕の中に人生』というエッセイ…
 
茨城県笠間市を愛し続けた国民的スターがいました。坂本九。 九ちゃんの愛称で親しまれた唯一無二の天才歌手は、『見上げてごらん夜の星を』『明日があるさ』など、数々のヒット曲を世に送り出しました。 特に『上を向いて歩こう』は、『SUKIYAKI』という英語タイトルで、1963年6月13日、全米チャートで1位を獲得。 その後、3週間首位を守り続けたのです。 海を渡ってもなお、愛され続けた彼の歌声は、独特の歌い方でさらに哀愁と郷愁の一石を、心の湖に投じました。 43歳で亡くなった彼にとって、笠間市は忘れられない思い出の地でした。 結婚式も笠間稲荷神社であげました。 2歳半からのおよそ4年間。母の実家があった笠間に疎開。 その木々に囲まれた赤い屋根の家は、今も笠間市のひとたちが大切に守り続けています。 …
 
ゴツゴツとした岩に砕ける、波。 果てしなく拡がる大海原。 風に揺れる松の樹々たち。 ここ、茨城県の五浦海岸で最も苦しい12年間を過ごした、日本画の大家がいます。 横山大観(よこやま・たいかん)。 大観は、師匠・岡倉天心を追って、この地に来ました。 明治31年3月、岡倉天心を誹謗中傷する怪文書が出回り、結果、岡倉は東京美術学校の校長職を追われてしまいます。 岡倉に心酔していた大観も、学校を辞め、新しく日本美術院を創設します。 日本美術院、第一回目の展覧会に大観が出品したのが、有名な『屈原』という日本画です。 画面左側に立ち尽くす屈原は、古代中国の詩人。 彼はあらぬ疑いをかけられ、やがて自ら命を絶ってしまう不運の賢人です。 岡倉と屈原を重ね合わせ、悔しさを絵に込めました。 大観が描いた屈原の目は…
 
『仁義なき戦い』『バトル・ロワイアル』などのバイオレンス映画で知られる、茨城県出身の映画監督がいます。 深作欣二(ふかさく・きんじ)。 そのアクションシーンは破天荒で痛快。 クエンティン・タランティーノやジョン・ウーなど世界に名立たるアクション映画の巨匠にリスペクトされています。 深作は、バイオレンスばかりではありません。 女優の奥に秘めた才能を開花させる天才でした。 『蒲田行進曲』や『火宅の人』でも手腕を発揮して、日本アカデミー賞の最優秀監督賞を受賞しています。 とにかく映画が大好き。 映画に関わるひとには、自分と同じような熱を求めました。 あっという間に主役に切られ、出番がなくなってしまう大部屋の俳優たちにも愛情を注ぎました。 通常、「おい!」「そこのおまえ!」などとしか呼ばれないエキス…
 
「シャボン玉」「赤い靴」「七つの子」など今も歌い継がれる童謡を生み出した詩人、野口雨情(のぐち・うじょう)は、北茨城市磯原町に生まれました。 風光明媚な五浦海岸のほど近く。 強い風をものともせず、優雅に舞い飛ぶカモメたち。 波しぶきが砕け散る海辺に、雨情の歌碑が立っています。 彼は、磯の香りをかぐと、ふるさとに帰ってきたという心持ちになったと言いました。 「野口雨情生家・資料館」は、東日本大震災で一階が水没しましたが、その後、再建。 海を臨む味わい深い家屋に、多くのひとが訪れています。 北原白秋、西條八十(さいじょう・やそ)とともに、童謡界の三大詩人と言われる雨情の作品群の中に、学校の校歌があります。 日本各地のみならず、台湾や中国の学校にも校歌の歌詞を書きました。 小さなバッグひとつを持っ…
 
今年、没後15年の偉大なコメディアンがいます。 いかりや長介。 ザ・ドリフターズのリーダーとして、生涯、コメディアンにはこだわりぬきましたが、彼には他にも二つの顔がありました。 ひとつは、ミュージシャンとしての顔。 もともとはハワイアンバンドのベーシスト。 ビートルズが来日したとき、ザ・ドリフターズとして前座をつとめ、『Long Tall Sally』を演奏しました。 そしてもうひとつが、織田裕二との名コンビが話題になった『踊る大捜査線』をはじめとする、俳優としての顔。 黒澤明監督の映画『夢』にも出演。 『踊る大捜査線 THE MOVIE』では、日本アカデミー賞 最優秀助演男優賞を受賞して、名わき役の座を不動のものにしました。 彼を最も有名にしたのが、伝説のバラエティ番組『8時だョ!全員集合…
 
瀬戸内海の12の島と2つの港を舞台に、3年に一度開催されるアートの祭典「瀬戸内国際芸術祭」。 国内外からの多くの来訪者で賑わった2019年秋の会期が、11月4日で終わろうとしています。 瀬戸内海はかつて、近畿中央文化の源であり、豊かな資源に守られ、北前船の母港として日本列島全体を活性化しました。 そんな海の復権をも担う、芸術祭。 その中心にある島のひとつ、香川県の小豆島で欠かせない観光名所が「二十四の瞳 映画村」です。 壷井栄の不朽の名作が映画化されたのは、1954年、昭和29年でした。 昭和3年から終戦の翌年までの激動の時代を描き、大石先生と教え子たちの師弟愛、美しい小豆島の自然と、貧しさや古い家族制度と戦争によってもたらされる悲劇を、対照的に映し出した心温まる感動作です。 主演は、高峰秀…
 
先ごろ、ノーベル賞の発表がありましたが、もし江戸時代にノーベル賞があったら、おそらく受賞したのではないかと思われる発明家がいます。 平賀源内(ひらが・げんない)。 高松藩士の家に生まれた彼は、発想の奇抜さ、行動力の迅速さ、好奇心の豊かさ、どれをとっても規格外。 「人生は発明・発見の連続である!」を生涯の信条としました。 彼が発明したとされる最も有名なものが、エレキテル。 摩擦静電気装置の完成を実現させたことです。 そのほかにも、発明品は100を下りません。 夏の売り上げ不振を嘆くうなぎ屋から相談を受けると、彼はこう助言しました。 「店の入り口に、今日は土用の丑の日って書けばいい。暑いときにうなぎを食べれば元気になること間違いなしって付け加えておけばきっと大丈夫」 また、初詣のとき、神社で見か…
 
香川県高松市にあるレクザムホールでは、優れた邦画のリバイバル上映を定期的に続けています。 「映画の楽校」と題されたそのプログラム、10月22日に行われる演目のひとつが『恋文』です。 直木賞作家、連城三紀彦が、萩原健一をモデルに書いたという小説が原作です。 連城は「萩原さんが出てくれるなら、原作料などいりません」と言ったそうです。 ショーケンこと萩原健一は、今年3月、68歳で激動の生涯を閉じました。 17歳でグループサウンズ「ザ・テンプターズ」のヴォーカリストとしてデビュー。 その後、唯一無二の存在感を醸し出す俳優として、映画、テレビドラマに偉大な足跡を残しました。 今年5月には、講談社が『ショーケン 最終章』というインタビュー集を出版。 9月には、河出書房新社から『萩原健一 傷だらけの天才』…
 
芥川賞と直木賞をつくった男。菊池寛(きくち・かん)。 彼の故郷は、現在、瀬戸内国際芸術祭2019で沸く香川県高松市です。 高松市にある菊池寛記念館では、『父帰る』や『恩讐の彼方に』、ベストセラーになった『真珠夫人』を書いた、作家としての彼の足跡を追うことができます。 また文藝春秋社設立や、映画会社「大映」の初代社長といった、菊池の実業家としての一面も紹介されています。 さらに圧巻は、歴代の芥川賞、直木賞受賞者のコーナー。 後進を育てようとした菊池の願いが、その展示に現れています。 高松市の中心部に位置する天神前は、菊池寛の生家があった場所で、ここに面する道は“菊池寛通り”と呼ばれています。 通りを隔てた向かい側にある高松市立中央公園内には「菊池寛 生家の跡」と記された顕彰碑があり、そこには、…
 
新潟市に生まれた、『堕落論』で有名な文豪がいます。 坂口安吾。 彼の石碑は、新潟市中央区西船見町の、海を見下ろす砂丘に建っています。 石碑に書かれた言葉は、「ふるさとは、語ることなし」。 安吾らしい、自虐にも似た、およそ石碑にふさわしくない言葉です。 彼は、生まれたこの場所についての思い出をこんなふうに語っています。 「中学校をどうしても休んで 海の松林でひっくりかえって 空を眺めて暮さねばならなくなってから、私のふるさとの家は空と、海と、砂と、松林であった。そして吹く風であり、風の音であった。……学校を休み、松の下の茱萸(ぐみ)の藪陰にねて 空を見ている私は、虚しく、いつも切なかった」。 彼の人生は、いわば、偉大なる落伍者のそれでした。 学校も落第、同人誌に加わっても、自分だけ日の目を見な…
 
新潟県長岡市出身の、昭和を代表する大歌手がいます。 三波春夫。 彼は、1964年の東京オリンピックのテーマソング『東京五輪音頭』を生涯、歌い続けました。 この歌に込める思いを、こんなふうに語っています。 「戦後初の日本の大イベントである、この東京オリンピックは、世界に向かって日本が『日本は、日本人は、こんなに頑張って復興しましたよ』と示す、晴れ舞台なんです」 戦争で戦い、シベリアで俘虜(ふりょ)になって、言葉では言い表せない体験をした三波には、特別な思いがあったのです。 さらに1970年に開催された大阪万博のテーマ曲も、彼が歌うことになります。 『世界の国からこんにちは』。 この歌でも、彼がいちばん言いたかったことは、日本ってすごいんだ、日本人はほんとうに頑張って生きているんだ、という強い思…
 
今年、生誕120周年を迎えたノーベル賞作家、アーネスト・ヘミングウェイ。 彼と新潟を結ぶ、ひとつのお菓子があります。 新潟県新潟市中央区古町にある、丸屋本店の焼菓子『日はまた昇る』。 ヘミングウェイの小説になぞらえたものです。 ヘミングウェイが愛したラム酒、セント・ジェームスのほのかな香りと、砂糖漬けしたオレンジピールがアクセントをつけ、サクサクした食感と優しい甘みが口の中に拡がります。 新潟の街に太陽が昇るようにという願いが込められた逸品です。 新潟は水の都と言われますが、ヘミングウェイの人生に、水辺はなくてはならないものでした。 幼少期、夏のほとんどを過ごした別荘地は、ワルーン湖という清廉な湖のそばにありました。 ノーベル文学賞を決めた『老人と海』は、最後まで大物のカジキをしとめることを…
 
今、アメリカのスポーツ界で「ショーヘイ」という名の有名な日本人は、メジャーリーガーの大谷翔平ですが、かつて1960年代前半にアメリカを席巻した「ショーヘイ」がいました。 リングネーム「ショーヘイ・ビッグ・ババ」。 新潟県出身の伝説のプロレスラー、ジャイアント馬場です。 今年、没後20年になります。 60年代、アメリカンプロレスは全盛期。 そんな中、ニューヨーク、シカゴ、セントルイスなどのメインスタジアムで、「野生児」バディ・ロジャースや「黒い魔神」ボボ・ブラジル、「人間発電所」ブルーノ・サンマルチノらと、毎晩熱戦を繰り広げていたのが、ジャイアント馬場でした。 馬場は、1963年12月15日、力道山が39歳の若さでこの世を去ったとき、日本プロレス界を支えられるのはキミしかいないと、日本に戻るこ…
 
今年、没後10年になる、「キングオブポップ」と称された伝説のアーティストがいます。 マイケル・ジャクソン。 彼は、1987年9月、兵庫県西宮市にやってきました。 バッド・ワールド・ツアーの、日本での公演のひとつ。 西宮球場には5万人を越えるファンが集まり、マイケルはダンスや歌で観客を魅了します。 ムーンウォークを披露したとき、会場の歓声はうねりのように大地を震わせたと言います。 西宮でのコンサートの直前、群馬で痛ましい事件がありました。 5歳の男の子が誘拐され、亡くなったのです。 マイケルは、この事件についてお悔やみを述べ、『I Just Can't Stop Loving You』を捧げました。 マイケルにとって、子どもは特別な存在でした。 無垢で傷つきやすく、誰かが守ってあげないと後の人…
 
ノーベル文学賞に最も近い作家、村上春樹が唯一、先生と呼んだひとがいます。 彼と同じ兵庫県出身の心理学者、河合隼雄(かわい・はやお)です。 日本にいち早くユング心理学を紹介した臨床心理学の権威。 京都大学名誉教授で元文化庁長官、数々のエッセイや学術書でひとびとの心の悩みに寄り添い、晩年には、自伝的小説『泣き虫ハァちゃん』を書きました。 河合はその小説の中で、自ら生まれ育った兵庫県丹波篠山への郷愁を描きました。 丹波篠山、かつての丹波国は、京都への交通の要として栄え、街並みや祭りにその名残をとどめています。 千年以上の歴史を持つ「丹波黒大豆」は有名で、朝廷にも献上し、年貢を黒大豆で納めたという記録も残っています。 河合は、この地で生まれたことを生涯誇りに思い、懐かしみました。 小学校は篠山城の城…
 
兵庫県相生市。 三方を山に囲まれ、南に瀬戸内の穏やかな海を抱いたこの街を終生愛した映画監督がいます。 浦山桐郎(うらやま・きりお)。 吉永小百合を育て、大竹しのぶを見出した、女優育ての名手。 生前、まわりのひとに、「オレは生きている間に、一ダースの映画を撮るのが目標なんだ」と語っていましたが、54年の生涯で撮った映画は、9本でした。 でも、その9作品全てに、文字通り心血を注ぎ、魂を込め、完全主義を貫きました。 デビュー作『キューポラのある街』は、新人監督が撮ったにも関わらず、キネマ旬報社の年間ベストテンの第二位にランクイン。 主演の吉永小百合はブルーリボン主演女優賞を受賞し、カンヌ映画祭ではフランソワ・トリュフォーが大絶賛しました。 撮影に入る前、浦山は主演の吉永小百合にこう尋ねたと言います…
 
人間にとって、どの土地に暮らすかということが、人生を大きく左右する要素になることがあります。 作詞家、訳詞家として一世を風靡した岩谷時子にとって、兵庫県西宮市で幼少期を過ごしたことは、彼女の人生に多大な影響を与えました。 彼女自身、こんなふうに語っています。 「今までの私の人生の中で、一番思い出の多い幼少期と少女期を西宮で過ごした私は、西宮という字を見るだけで、砲台のあった夏の海や十日戎のお祭りや近所に住んでいた誰彼の顔が、蛍火のように瞼(まぶた)に浮かんでくる。まだ、夙川を蛍が飛び交い、川の流れにめだかが泳いでいた、美しい叙情的な西宮の風物が、幼かった私のこころに根をおろし、後年、作詞家となる運命にみちびいたのではなかろうかと今でも思うことがある」 岩谷時子にとって、もうひとつ、西宮で過ご…
 
SF界の巨匠、『日本沈没』の作者、小松左京にとって、兵庫県西宮市は生涯の故郷でした。 北に緑豊かな山脈をいだき、南には陽光がキラキラと輝く、おだやかな内海がありました。 春にはレンゲの花が咲きほこり、秋には田んぼの稲穂が黄金色に揺れる、素朴でのどかな風景は、彼の心にしっかりと根付いたのです。 特に、幼い頃住んだ夙川は、たびたび自身の小説で描写するほど懐かしい場所でした。 一歩そこに足を運べば、一気に、幸せだった少年時代に出会える。 そんな場所を持てた幸福を、小松は大切にしました。 小松左京。 その活動は、多岐にわたりました。 本業は、SF作家。星新一、筒井康隆と並ぶ、SF御三家のひとりです。 17歳で漫画家としてデビュー。 学生時代も、京大生の漫画家として新聞に紹介されました。 ラジオ番組の…
 
『まてど 暮らせど 来ぬ人を 宵待草の やるせなさ 今宵は月も でぬさうな』 この有名な詩『宵待草』を書いたのは、明治末期から大正時代にかけて、独特の女性画で異彩を放った叙情画家、竹久夢二です。 千葉県の銚子にある海鹿島海岸には、この詩の一節と夢二の文学碑がひっそりと建っています。 夢二は、この海岸で恋に落ちました。 彼女との悲恋を、夕方になって可憐に咲く宵待草に重ね合わせたのです。 夏の海岸も、陽が落ちるとぱったり人影がなくなります。 そんな夕闇の中、黄色い小さな花をけなげに開く、宵待草。 夢二の心は、彼女を想う気持ちであふれます。 彼の詩に曲がつき、大正時代の流行歌として多くのひとに歌い継がれました。 たったひと夏の恋が、永遠という時間を手に入れたのです。 竹久夢二は、恋多き男、というイ…
 
『大森望×豊崎由美 文学賞メッタ斬り!スペシャル(第161回結果編)』(2019年7月22日OA) 2019年7月22日19時30分からのラジオ日本『大森望×豊崎由美 文学賞メッタ斬り!スペシャル(結果編)』のポッドキャスト版です。SF翻訳家、書評家の大森望さん、書評家の豊崎由美さんが予想した第161回芥川賞、直木賞の結果を受けての放送です。ラジオのオンエアではカットされてしまった部分もお楽しみいただけます。「ほぼノーカット」でお楽しみください。※一部楽曲は著作権の関係でお聞きいただけません。AM1422kHzRadioNippon による
 
2020年3月にスタートする、東京オリンピックの聖火リレー。来年7月には、千葉県を走ります。 県内で通過する地点の中に、九十九里浜を有する山武市があります。 千葉県北東部に位置する、いちごの名産地。 この山武市出身の作家がいます。 何度も映画化された『野菊の墓』が有名な、伊藤左千夫(いとう・さちお)。 山武市には、生家も残っています。 築、およそ200年以上前の、かやぶき屋根の平屋。 敷地内には、伊藤が生前建てた茶室も移築されています。 歌人であり、小説家、そして茶の道にも精通していた文化人、伊藤左千夫のもともとの夢は政治家でした。 正義感が強く、議論好き。 富国強兵策を自ら論文にまとめ、時の元老院に送ったりしました。 明治法律専門学校、現在の明治大学に入学。 意気揚々と上京しますが、目の病…
 
『大森望×豊崎由美 文学賞メッタ斬り!スペシャル(第161回予想編)』(2019年7月15日OA) 2019年7月15日19時30分からのラジオ日本『大森望×豊崎由美 文学賞メッタ斬り!スペシャル(予想編)』のポッドキャスト版です。SF翻訳家、書評家の大森望さん、書評家の豊崎由美さんが第161回芥川賞、直木賞の受賞作品を予想します。ラジオのオンエアではカットされてしまった部分もお楽しみいただけます。「ほぼノーカット」でお楽しみください。AM1422kHzRadioNippon による
 
千葉県、我孫子駅にある立ち食い蕎麦の人気店、『弥生軒』。 この店で働いたとされる、放浪の画家がいます。 山下清(やました・きよし)。 弥生軒は、昭和3年に創業。当初は、我孫子駅構内で弁当を販売していました。 山下清は、昭和17年からおよそ5年間、住み込みで働いていたと言われています。 弥生軒の初代社長は、戦中、戦後の食べ物がない時代を経験。 来るものは拒まずの精神で、ただお腹いっぱい食べられそうだ という目的だけでやってきた山下を、こころよく受け入れました。 山下は、3歳のとき、病で生死の境をさまよい、その後遺症で軽い言語障害、知的障害を患います。 弥生軒でまかされたのは、弁当を売ることでもお金を勘定することでもなく、たとえば、大根切り。 店のひとにお願いされると、包丁を華麗に操り、最後の芯…
 
55歳から、全く違う人生を歩み、偉業を成し遂げた先人がいます。 伊能忠敬(いのう・ただたか)。 昨年、没後200年を迎えた伊能は、現在の千葉県香取市佐原で酒造業を中心とした商いで身を立て、地域の発展に大きく貢献しました。 50歳で家督をゆずり、江戸に発ちます。 そこで、天文学、暦学、測量学を学び、55歳のとき、東北に向かい、日本地図の作成を始めるのです。 最初の測量の旅から、実に17年あまりをかけて、史上初めての実測による日本地図を完成させました。 歩いた距離は、およそ地球を一周半。 一回目の測量は、自分の歩幅を40センチに定め、愚直なまでにただ歩いて測るというものでした。 体はボロボロ、精神的にも、いますぐやめてしまいたいという自分の心との闘いの連続でした。 それでも彼は前へ前へ、一歩一歩…
 
岐阜県出身と言われている戦国武将に、一世を風靡した茶人がいます。 古田織部(ふるた・おりべ)。 織田信長、豊臣秀吉、徳川家康に仕え、千利休の愛弟子として茶の湯を学んだ才人。 最近では、漫画『へうげもの』が話題になり、にわかに脚光を浴びています。 へうげもの、とは、「ひょうきんなひと」「わくにとらわれない、変り者」「ひしゃげたもの」という意味。 その言葉どおり、織部は独特の感性で、庭園や焼き物、建築に新しい息吹を与えました。 深い緑色が特徴の織部焼。 その形はいびつで、大胆。 ときに、一度焼きあがったものを割ってしまい、それをつなぎ合わせることで、わびさびを表現しました。 縄文時代の土器を思わせるフォルムと模様。 当時のひとたちに与えた衝撃は、はかりしれません。 岐阜県本巣市の道の駅「織部の里…
 
岐阜県の南西部、広大な濃尾平野に位置する、北方町。 岐阜県の中で最も小さなこの町に生まれた、伝説のフォークシンガーがいます。 高田渡(たかだ・わたる)。 反戦歌『自衛隊に入ろう』、沖縄出身の詩人、山之口貘(やまのくち・ばく)の詩に曲をつけた『生活の柄』など、数々の名曲は、今も若者たちの心をつかんで離しません。 北方町では、月に1回「WATARU CAFE」が開かれ、高田渡の歌や生き方を継承しています。 群れるのを嫌がるひとでした。 口先だけで行動しないひとを、静かに軽蔑するひとでした。 嘘や欺瞞、権力にへつらうひとには、容赦ありませんでした。 ただ、大声をはりあげたり、声高に生き方を説くような歌い方はしませんでした。 あくまで淡々と、日常に向き合い、己を見つめる。 そんなストイックな語り口は…
 
来年の大河ドラマの主人公は「本能寺の変」で有名な、明智光秀です。 大河ドラマ59作目にして、初めての主役。 光秀は、天下の謀反人と言われながら、実はその多くが謎に包まれています。 今回再び、脚光を浴び、新しい史実や研究の成果が次々と発表されました。 その多くが、謀反を起こした理由についてです。 最近発見された『石谷家文書(いしがいけ・もんじょ)』によって、織田信長は四国攻めを計画しており、それを阻止するために、明智光秀が変を起こしたのではないかという説も浮上しました。 謀反を起こした悪人としてのみ印象づけられた光秀ですが、たとえば、京都の福知山市では、御霊神社に光秀が祀られています。 由良川の堤防をつくり、ひとびとを水害から救い、町を守ったことを、地元のひとは忘れなかったのです。 岐阜県可児…
 
今年の秋、大規模な改修工事を終え、リニューアルオープンする岐阜県美術館は、ある画家の有数なコレクションで知られています。 その画家の名前は、オディロン・ルドン。 ルドンの代表的な作品は、幻想的で奇妙。 黒を基調としたキャンバスには、大きな眼が描かれています。 水木しげるの『ゲゲゲの鬼太郎』で有名な「目玉おやじ」は、ルドンから着想を得たとされていたり、人気漫画『寄生獣』を描いた岩明均にも、多大な影響を与えたと言われています。 ルドンは、1840年生まれ。 印象派の巨匠、クロード・モネと同じ年に生まれました。 モネが、見たままをいかに表現するかに命を削った一方で、ルドンは、いかに目に見えないものを創造するかに心を砕いたのです。 モネは光を求め、ルドンは暗闇を描きました。 岐阜県美術館のコレクショ…
 
「木曽路はすべて山の中である。あるところは、岨(そば)づたいに行く崖の道であり、あるところは数十間(すうじゅっけん)の深さに臨む木曽川の岸であり、あるところは山の尾をめぐる谷の入り口である。一筋の街道はこの深い森林地帯を貫いていた」。 有名な書きだしで始まる、小説『夜明け前』。 作者は、現在の岐阜県中津川市馬籠出身の島崎藤村です。 彼は生まれ故郷の様子を、まるで鳥が谷間を飛びながら眺めるように描写しました。 馬籠は、木曽路の宿場町。 かつてはにぎわいを見せていた街道も、島崎の幼年時代には、鉄道や国道の新設にともない、さびれつつありました。 彼がこの地に暮らしたのは、幼少期の数年でしたが、木曽山中の景色や匂い、伝統や人々の暮らしは、人格形成に多大な影響を与えたと言われています。 北アルプスの一…
 
松江豊寿(まつえ・とよひさ)。 彼は、福島県若松市、現在の会津若松市の第九代市長として、上水道の敷設に尽力し、白虎隊の墓がある飯盛山の整備にも力を注ぎました。 いわば、会津若松市の土台を築いた偉人です。 しかし、彼を崇めてやまない、もうひとつの場所があります。松江が陸軍の軍人だった頃、俘虜収容所の所長を勤めた赴任先。徳島県鳴門市です。 鳴門市の坂東俘虜収容所には、千人にも及ぶドイツ人が収容されていました。 松江は、当時ではおよそ考えられないことをやり遂げました。 彼等ドイツ人に人道的な対応をしたのです。 彼はある収容所を見学した際、ひもでつながれ、同じ粗末な服を着せられた俘虜たちを見て、心を痛めました。 「いまは、ただ、このような立場であるが、いつなんどき、その立場が入れ替わるやもしれん。そ…
 
ハリウッド版『ゴジラ』の新作『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』が、5月31日、日本をはじめ、世界で同時公開されます。 世界中のファンを魅了し続ける、ゴジラ。 1954年、日本初の本格的特撮怪獣映画として公開された『ゴジラ』は、空前の大ヒットを記録しました。 映画館がある日劇の周りには、幾重にも観客の列が渦を巻き、邦画として初めての全米公開作品になったのです。 その産みの親こそ、福島県出身の特撮の神様・円谷英二(つぶらや・えいじ)です。 今年1月、彼の故郷、福島県須賀川市に『円谷英二ミュージアム』が開館しました。 展示の目玉は、高さおよそ2メートルの初代ゴジラを模したスーツです。 市民センター内にあり、入場は無料。 円谷の生涯を7つのブロックに分けた展示や特撮スタジオの再現など、見どころは…
 
新しい年号にともない、紙幣の肖像も変わります。 千円札は、北里柴三郎になりますが、現行の千円札の肖像として親しまれているのが、野口英世です。 北里と野口は、長きにわたり、師弟関係にありました。 野口は、1898年4月、北里が所長を務める伝染病研究所に入職し、研究に従事しました。 野口が1900年に渡米留学するときも、便宜をはかり、彼の研究を支えたのです。 野口英世は、福島県三ツ和村、現在の猪苗代町に生まれました。 猪苗代湖の湖畔には、彼の記念館が建てられています。 ノーベル賞の候補にもなった、世界的な医学者の足跡を知ることができる展示も人気ですが、何より目をひくのは、生家の床柱。 そこに、19歳の野口が上京する際に刻んだ文字が、当時のまま保存されているのです。 曰く、「志を得ざれば、再び此地…
 
新しい年号、『令和』がスタートしました。 5年後に発行される予定の新五千円札の肖像は、津田梅子。 その津田とともに、初めての海外留学を果たした女性がいます。 大山捨松。 捨松という名から想像できませんが、「鹿鳴館の華」と賞賛を浴びた、見目麗しい才女です。 大河ドラマ『八重の桜』では、モデルの水原希子が演じ、話題になりました。 福島県の会津若松出身の彼女の父は、会津藩の国家老。 国家老とは、主君が参勤交代で江戸にいっている間、留守をあずかる要職です。 何不自由なく育った捨松は、8歳で会津戦争に遭遇。 家族とともに籠城し、負傷兵の手当をしたり、食事の世話を手伝ったりしました。 そんな彼女は、わずか11歳で岩倉具視使節団の留学生募集を受け、女性として初めてのアメリカ留学に参加します。 当時、アメリ…
 
宮崎県宮崎市高岡町の道の駅は、「ビタミン館」と呼ばれています。 この町出身の偉人、「ビタミンの父」と言われる、高木兼寛を記念して名付けられたのです。 高木の銅像は、宮崎県総合文化公園の中にもあります。 日本から、脚気という病を消し去った男は、「ビタミンの父」と呼ばれました。 脚気とは、末梢神経に障害を与え、足にしびれや麻痺を引き起こし、悪化すれば命まで落としてしまう病気。 明治時代初期から後期まで、毎年1万人の命を奪った、原因のわからない不治の病でした。 当時の医学の主流は、ドイツ医学。 陸軍はこれを採用し、脚気は伝染病だという説を信じて疑いませんでした。 その医師の中には、かの森鴎外もいたのです。 高木はドイツではなく、イギリスで医学を学び、海軍の軍医に任命されます。 彼は、脚気は伝染病で…
 
宮崎市で、1996年から毎年開催されている音楽祭があります。『宮崎国際音楽祭』。 この春で第24回、4月28日から5月19日まで行われます。 名立たる演奏家が出演する中、ピアニスト・辻井伸行が奏でるのは、フレデリック・ショパン。 同時期に東京では、彼の師匠・横山幸雄が、ショパンの全240曲を3日間に渡って演奏する特別公演を開催します。 この春は、没後170年のショパンのムーブメントが、日本中を駆け抜けることでしょう。 わずか39年の生涯をピアノ曲の作曲に捧げた、ショパン。 彼の作曲には、彼自身の人生が色濃く映し出されています。 その一生のほとんどが、病との闘いと言っても過言ではありません。 晩年、痩せ細り、外出もままならない状態でも、曲を作ろうという情熱だけは失いませんでした。 友人の画家、…
 
宮崎県出身の、伝説のパイロットをご存知でしょうか? 後藤勇吉。 1896年、明治29年に生まれた彼は、さまざまな日本初の記録を打ち立てました。 日本初の一等飛行機操縦士。 日本初の飛行機による国内一周旅行。 日本初の生鮮農産物の空輸、旅客輸送。 昨年、没後90年を迎えた彼は、わずか31年間の生涯を飛行機に捧げました。 夢は、太平洋横断無着陸飛行。 無念にも、訓練中に墜落死してしまいます。 生前、彼は同僚のパイロットに、こう語っていました。 「人間の一生というのを考えてみると、五十年も一生。三十年も一生だ。要は生きがいがあったかどうかが、点のつけどころだと、僕は思う。五十年生きて点が少ないより、三十年で死んでも十点のほうが、よかろう。そうは思わないか?」 後藤は、郷土愛が強く、大切な故郷のため…
 
宮崎県北東部、太平洋に面した日向市。 古くから廻船問屋として栄え、海上交通の要としてにぎわったこの街に、ある有名な歌人が生を受けました。 若山牧水。 彼の生家の近くにある「牧水公園」では、ちょうどツツジが見ごろを迎えようとしています。 色鮮やかな、およそ3万本の圧倒的なツツジが、訪れるひとの目を楽しませてくれます。 その光景を見て「牧水ならどんな歌を詠んだだろう」と想像するのも、旅の楽しみのひとつです。 『幾山河 越えさりゆかば 寂しさの はてなむ国ぞ けふも旅ゆく』 牧水ほど、旅を好んだ歌人はいませんでした。 全国に作られた彼の歌碑は、およそ300と言われていて、その数は松尾芭蕉をも越えています。 旅は、人生。人生は、旅。 何か心に問題を抱えるたびに、あるいは詩作のヒントを得るために、彼は…
 
昨年、生誕90周年を迎え、人気アニメ『文豪ストレイドッグス』の劇場版『DEAD APPLE(デッドアップル)』に新しいキャラクターとして登場し、話題を呼んだ作家がいます。 澁澤龍彦。 フランス文学者としても知られ、マルキ・ド・サドの翻訳では、わいせつ文書か否かの裁判になり、世間を騒がせました。 親友だった三島由紀夫は、このとき、澁澤にこんな葉書を送りました。 「今度の事件の結果、もし貴下が前科者におなりになれば、小生は前科者の友人を持つわけで、これ以上の光栄はありません」 澁澤は、特に晩年、エロスや倒錯の世界、教科書には載っていない歴史の隠れた影の部分を描きました。 さらに彼は、もっと生産せよ!と背中を押され続ける昭和の激動期にあって、著書『快楽主義の哲学』の中で、曖昧な幸福を求めるより、快…
 
今年、生誕110年を迎える、埼玉県にゆかりのある作家がいます。 中島敦。 彼の代表作のひとつは、国語の教科書にも採用された『山月記』。 中国の古典を題材にしたこの小説は、ある男が山奥で虎に変わってしまった友人に出会う変身譚です。 日々、心を虎に侵食されつつある友人が、最後に残った人間の心で語った自らの心情はこうです。 「己(おれ)は、詩によって名を成そうと思いながら、進んで師に就いたり、求めて誌友と交わって切磋琢磨に努めたりすることをしなかった。かといって、又、己は俗物の間に伍することも潔しとしなかった。共に、我が臆病な自尊心と、尊大な羞恥心との所為(せい)である」 臆病な自尊心と、尊大な羞恥心。 それこそ、33歳の若さで亡くなった小説家、中島敦を常に苦しめた、内なる悪魔でした。 幼くして神…
 
埼玉県が生んだ、三大偉人。 「日本資本主義の父」渋沢栄一、「全盲の国学者」塙 保己一、そしてもうひとりが、熊谷市出身で、日本で初めて女性医師になった荻野吟子です。 彼女の生涯が、今年、映画になります。 メガホンをとるのは、86歳の山田火砂子監督。 女性を正当に評価しない医学部入試のあり方などを受けて、今こそ、荻野吟子が何と闘い、何を後進に伝えたかったかを問いたいと、映画化を切望したのです。 女性に学問は必要ないとされた明治初期。 荻野はある屈辱を受けて一念発起、まだ女性で誰もとったことのない、医師の国家試験に挑戦します。 そこにはさまざまな軋轢や障壁がありました。 しかし、彼女は一歩も引きませんでした。 荻野は、壮絶な人生を振り返り、こんな言葉を残しています。 「人と同じような生活や心を求め…
 
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