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2024.2.18 礼拝メッセージ(イザヤ63:18–65:16)世の人々にとってのクリスチャン生活には、「天国に憧れながら、この世の不条理を忍び、悔しいことがあっても微笑みながら生きる」というイメージがあるかもしれません。しかし、そんな生き方では、息が詰まってしまいます。
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2024.2.4 礼拝メッセージ(ローマ3:9–24)福音がしばしば単純化されて、「すべての人が罪を犯して、地獄の火のさばきに定められているけれども、神が遣わしてくださったイエスを信じることによって、天国の保証が与えられた」と説明されることがあります。その際に頻繁に引用されるのが本日のローマ人への手紙3章です。
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2024.1.28 礼拝メッセージ(イザヤ62:4–63:17)「あきらめ」とは「明きらむ」から生まれた言葉で、そこには「心を明るく楽しくする」という意味があったようです。依存症の原因に、自分では変えようのない過去への後悔や恨みがあると言われますが、目の前の現実を明らかに見るときに、断念すべきことがわかります。
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2024.1.21 礼拝メッセージ(ローマ2:17–3:8)昨年の大河ドラマ「どうする家康」の評価はまちまちでしたが、敢えて評価できるとすると、徳川家康を神格化しようとした後の歴史文献を徹底的に洗い直し、そこにある矛盾から、家康の愚かさとか弱さを発見し、等身大の姿を見せようとしたことにあると言われます。
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2023.12.31 礼拝メッセージ(イザヤ60:10–62:3)多くの人々は、「大切な何かを失うこと」を恐れて生きています。この「恐れ」は豊かになるほど大きくなります。福音を聞き、それに感動しながらも、何か大切なものを失うことを恐れて決断できない人もいます。これは江戸時代からのキリシタン迫害のトラウマが日本人全体の心に深く染み込んでいるためかもしれません。
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2023.12.24 礼拝メッセージ(ルカ3)今回はクリスマス礼拝にあたり、イエスをバプテスマのヨハネと比較することで、イエスがどれほど優しく、同時に力強い「救い主」であるかを明らかにするためにルカ3章を選びました
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2023.12.17 礼拝メッセージ(イザヤ59:4–60:9)第二次大戦中、ヒトラーは「ユダヤ人問題に対する最終解決」を目指しましたが、現在のイスラエルはハマスというテロ組織の「最終解決」を急いで、世界から孤立してはいないでしょうか。
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2023.11.26 礼拝メッセージ(イザヤ57:15–59:4)ある教会の青年が、「教会で出会う人たちは、みんな神を身近に感じているように見えるけど……」と自分の不信仰を恥じていました。私はとっさに、「みんな、信仰生活が長くなるにつれ、クリスチャンらしい言葉使いや、振舞い方が身についているだけで、心の内側はあまり変わっていないと思うよ……」と言ってしまいました。
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2023.11.19 礼拝メッセージ(ローマ1:16–32)現在のガザ地区において目を覆いたくなるような悲惨な状況が続いていますが、イスラム教諸国とキリスト教が多数派の諸国では、報道のされ方がまったく違うようです。私たちはそのようなときに、どちらに、より正義があるかという評価をすぐに下そうとしますが、それはひょっとしたら自分を神の立場に置くことかもしれません。
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2023.11.12 礼拝メッセージ(イザヤ56:1–57:16)ニック・ブイチチというオーストラリア人がいます。彼は生まれた時から両手両足がなく、たった一つの短い足の先しか使えません。しかし彼は普通の学校に通い続け、大学で会計学の学びを修了し、水泳が好きでサーフィンを楽しんでいます。
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2023.11.5 礼拝メッセージ(ローマ1:1–17)私は大学の交換留学制度によって約一年間の米国留学中に、イエス様を自分の人生の主とする信仰告白に導かれました。その時点では聖書をほとんど読んだことがありませんでした。旧約聖書の構成など知りもしませんでした。
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2023.10.29 礼拝メッセージ(イザヤ54:1–55:13)日本に住む多くの人々は、失敗をすることや、人々から非難されることを異常に恐れてはいないでしょうか。せっかく信仰に導かれても、「敬虔なクリスチャン」という看板を背負って、窮屈な生き方をすることがあるかもしれません。
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2023.10.22 礼拝メッセージ(詩篇96)先日、ウクライナで傷ついた兵士たちの魂の叫びに耳を傾けている船越先生から、「戦争が回避できないこの壊れた世界に生かされている現実と、同時にすでに神の国に属する者とされているクリスチャンとしての使命の大きさとの間で、『何が正解なのか』、本当に分からなくなることがしばしばあります……闇が深すぎて自分たちが進むべき道を見失ってしまうことがあります」という悲痛な叫びが届きました。
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2023.10.1 礼拝メッセージ(詩篇19)「初めに、神が天と地を創造した」(1:1) とは、聖書の神がどのような方かを一言で宣言する記述ですが、ユダヤ人の間で広く用いられている英語訳 (Jewish Publication Society : Tanaka Translation) では、1–3節が一つの文章で、「When God began to create heaven and earth—the earth being unformed and void、 with darkness over the surface of the deep and a wind from God sweeping over the water—God said、 “Let there be li…
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2023.9.17 礼拝メッセージ(黙示録20)黙示録は聖書の中で最も誤解されやすい書物とも言えますが、信仰者にとって不可欠な励ましの書とも言えます。それは22章10節に「この書の預言のことばを封じてはなりません。時が近いからです」と記されているからです。この書は、使徒ヨハネが信仰のゆえにパトモスという地中海の島に流されている中で啓示されたもので、迫害を受けている人々への慰めと希望のことばです。日本においてクリスチャンが受けて来た迫害は世界最悪のものの一つでしたが、もし江戸時代や第二次大戦時に黙示録が正しく読まれていたとしたら、もっと多くの信仰者が信仰を全うすることができたのかもしれません。
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2023.9.10 礼拝メッセージ(Ⅰテサロニケ4:9–5:11)聖書の教えの基本は、十分な教育を受けられなかった人にも分かるものでなければなりません。その点で私は深い反省を迫られております。今回の箇所を選んだのは「携挙」に関しての質問があったからですが、礼拝説教が神学議論の場になってはいけないとも言えます。
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2023.8.27 礼拝メッセージ(エゼキエル40:1–47:12)旧約の預言が二千年前のイエスの登場によってどれだけ実現し、何が将来に残されているかという見分けが、聖書解釈に大きな違いをもたらします。
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2023.8.13 礼拝メッセージ(ダニエル9:1–3、20–27)宗教改革者マルティン・ルターはかけがえのない教師ですが、一つ大変残念なことがあります。彼は改革運動の初めはユダヤ人に対して同情的で、「イエスは生まれつきのユダヤ人であった」という文書では、カトリックはユダヤ人を犬のように扱い、福音を語って来なかったから彼らは回心できなかったと言いました。
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2023.8.6 礼拝メッセージ(イザヤ48:12–49:13)私たちの人生にはストレスの種が満ちています。しかし、たとえばナチスの強制収容所という想像を絶するストレスを体験したユダヤ人女性の29%が、更年期になっても何の情緒的な障害にも陥らず健康を保ち続けたという統計があります(普通の女性では51%が更年期でも健康を保つ)。つまり、激しいストレスが病気を生み出さない確率も極めて高いというのです。
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2023.7.30 礼拝メッセージ(マタイ28:16–20)私たちはみな小さい頃から、「この地で成功する」ようにと様々な訓練を受けています。そして、キリスト教会でも「弟子訓練」の大切さが説かれてきました。イエスご自身十二人の弟子を特に選んで身近において訓練しました。
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2023.7.23 礼拝メッセージ(イザヤ47:1–48:11)今日の箇所には、「楽しみにふけり、安心して住み、心の中で『私だけは特別だ……』と言う者」の破滅が宣告されています。自分の人生の土台が、神の御心しだいで一瞬のうちに崩れ得るということを知ることは、何よりも大切な知恵ではないでしょうか。
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2023.7.16 礼拝メッセージ(マタイ28:1–15)イエスの復活の記事は、各福音書によって描き方が異なり、明らかな矛盾も見られます。そのために私は以前、聖書を誤りのない神のことばであると信じられなくなったことがあります。しかし、誰に目にも矛盾と見える記述がそのまま残されているということ自体が、聖書が弟子の集団の中で編集されたものではなく、目撃者の記録をそのまま残そうとしたことの証拠とも言えましょう。
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2023.7.9 礼拝メッセージ(イザヤ45:15–46:13)私たちの教会では、イエスを救い主と告白したときのことを「救いの証し」として分かち合います。その中で、つい、昔の自分や生まれ育った家庭環境を悪く描く傾向があるかもしれません。私も、自分の幼児期を過度に暗く描いた時期があります。
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2023.7.2 礼拝メッセージ(マタイ27:55–66)一般的なキリスト教の教えでは、イエスの十字架の死の後に、弟子たちの間に復活信仰が芽生えたという説明がなされます。それこそが科学的な表現だとさえ言われます。確かに、イエスの身体の復活は万人が認められることではありませんから、それは客観的な表現のようにも思えます。
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2023.6.18 礼拝メッセージ(イザヤ44:23–45:15)アメリカ北部で高速道路を走っている家族の車に鹿が飛び込み、車が大破しました。それに乗っていた7歳の男の子は、「どうして神様は守ってくれなかったの?」と言いました。それに対し13歳の次女は、「神様が守ってくれたから、誰も怪我しなかったのよ!」と答えたとのことです。
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2023.6.11 礼拝メッセージ(マタイ27:45–56)イエスの十字架での苦しみは私たちの想像を超えるもので、そこでの主の「大声」での「叫び」が「エリ、エリ、レマ、サバクタニ(わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか)」と記録されています。それはイエスの絶望的な叫びです。
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2023.6.4 礼拝メッセージ(イザヤ43:14–44:22)私たちの喜びは、この礼拝のただなかにあります。今、この場が、目に見えない神の恵みに包まれています。そのように考えることは、現実逃避ではありません。事実、全能の神が働いている中で、あらゆるわざわいが起きてしまうからです。
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2023.5.28 礼拝メッセージ(マタイ27:27–44)今日はペンテコステ、聖霊が信者の上に下ったことを記念する日です。イエス・キリストは、三回に分けて私たちの人生に現れてくださるという神学的な解釈があります。
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2023.5.21 礼拝メッセージ(イザヤ42:10–43:13)残念ながら、ときに、平気で嘘をついたり、平気で人を裏切ったりする人がいます。しかし、そのような人の歴史をみると、しばしば、彼ら自身が、余りにも軽く扱われてきたということがわかります。
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2023.5.7 礼拝メッセージ(マタイ27:15–26)人の人生は、時の権力者の思い違いによって破滅に向かうような「空しい」ものです。そのことが「人 (アダム) は息に似て、その日々は過ぎ去る影のよう」(詩篇144:4私訳) と歌われます。
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2023.4.30 礼拝メッセージ(イザヤ41:1–42:9)私たちはみな、様々な「恐れ」に囚われて生きています。しかし私は長い間、自分の心の中にある漠然として「恐れ」を無視して生きてきました。傍から見ると、自分の道を次々と切り開いてきたようでも、実際は、「恐れ」の気持ちに駆り立てられながら、一生懸命に勉強をし、仕事もしてきました。
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2023.4.16 礼拝メッセージ(マタイ27:1–14)私たちの信仰はときに、「建前」のようなドグマに支配され、本音を言えなくなってしまうことがないでしょうか。かつての太平洋戦争を導いた東條英機首相は、「戦争が終わるということは……われわれが勝つということだ……天皇陛下は神であって、天皇陛下に帰一していれば、国体の輝くこの国は負けるわけがない。戦っていまだかつて負けたことのない国なのだから」と語っていたとのことです。
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2023.4.9 礼拝メッセージ(イザヤ40)本日は私たちの主イエスの復活を祝う日、死の力を砕かれた新しい世界の誕生の日です。ヘンデル作曲のオラトリオ「メサイア」は、聖書のみことばだけを何の解説もなしに歌いながら「救い主」の意味を伝えています。
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2023.4.2 礼拝メッセージ(イザヤ38、39)ヒゼキヤ王は聖書で、「彼はイスラエルの神、主 (ヤハウェ) に信頼していた。彼の後にも前にも、ユダの王たちの中で、彼ほどの者はだれもいなかった」(Ⅱ列王18:5) と模範的な王のように描かれます。
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2023.3.26 礼拝メッセージ(イザヤ36、37)私たちはだれも明日のことは分かりませんが、永遠の計画は知らされています。それは平和(シャローム)に満ちた世界の完成です。主(ヤハウェ)はそのゴールを大昔に計画し、それを実現してくださいます。
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2023.3.12 礼拝メッセージ(イザヤ34、35)「私たちは、キリストによって救われました」と福音的な信仰者は言いますが、その「救い」とは何を意味するのでしょうか?イザヤ書には驚くほど多面的な「救い」の表現があります。
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2023.3.05 礼拝メッセージ(マタイ26:69–75)ヨーロッパにはキリストの弟子を自分たちの地方の守護聖人として崇める伝統があります。たとえばペテロの兄弟アンデレはスコットランドの守護聖人とされ、それは青地に斜め白十字の国旗にも表されています。それは、彼の殉教後に、彼の骨を乗せた船がスコットランドに流れ着いたと言われているからです。
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2023.2.26 礼拝メッセージ(イザヤ32、33)「イエス様を信じたら、天国に行ける……」というのは間違っていませんが、その「天国」とはどのようなところでしょう。そこで思い浮かぶのが聖歌687番で、「1. まもなくかなたの流れのそばで、楽しく会いましょう、また友達と。 神様のそばの綺麗な綺麗な川で、みんなで集まる日の、ああ懐かしや。 2. 水晶より透き通る流れのそばで、主を賛美しましょう、み使いたちと……」と歌われます。
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2023.2.19 礼拝メッセージ(マタイ26:57–68)世界中のほとんどの人は、イエスが無実の罪で十字架刑にされた悲劇の主人公であるかのように見ています。事実、十字架は神の愛を表すシンボルと見られ、未信者でさえ装飾品として首にかけているほどです。しかし、私たちは、キリストの支配がすでに今始まっていることを、たとえばメサイアのハレルヤコーラスで、「He shall reign for ever and ever, King of Kings, Lord of Lords(キリストは統べ治めておられる、王たちの王、主たちの主として)」と賛美します。
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2023.2.12 礼拝メッセージ(イザヤ30、31)目の前の問題に圧倒されていたとき見えなかったことが、ふとしたことで解決が見えたというようなことがないでしょうか。熱くなりすぎたり、力づくになってしまうことは、かえって問題を複雑化させてしまいがちです。
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2023.2.05 礼拝メッセージ(マタイ26:47–56)フィリピンの監獄の中からの遠隔操作で、日本の若者たちが闇バイトに誘われ、脅され、強盗を働かされたことが明らかにされました。一見、強がっている若者たちが、簡単にそのような脅しに屈してしまうのは何とも不思議です。ただ、それはイエスの弟子のペテロも似たようなものでした。
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2023.1.22 礼拝メッセージ(イザヤ28、29)私たちは主からの使命を発見できた時、自分が神の最高傑作として創造されているということを知ることができます。そして、「生きるべき理由を知っている人は、ほとんどすべての苦難に耐えることができる」とも言われます。そして、あなたに生きる使命を個人的に教えるものこそが聖書です。
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2023.1.15 礼拝メッセージ(詩篇139)人は今、小川のせせらぎや森の木々、太陽の光さえなくても過ごせるような人工的な世界に住んでいます。世界の創造主を忘れ、人間の能力が達成したものばかりを見ていると、いつも何かに駆り立てられるような気持ちになるのかもしれません。
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2022.12.25 礼拝メッセージ(マタイ26:30–46)私たちは知らないうちに異教的な考え方の影響を受けています。それはしっかりした信仰者は「心が動じなくなるはず」という誤解です。それは西洋ではローマ帝国で広く受け入れたストア主義、あるいは禁欲主義の精神であり、日本では禅仏教や武士道の考え方です。
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2022.12.18 礼拝メッセージ(イザヤ24–27)ある小学生がクラスの中で一人だけ将来の夢を語れなくて、からかわれ、しょげていました。そのことを忘れようとすればするほど、情けない気持ちになりました。
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2022.12.11 礼拝メッセージ(イザヤ21–23)私たちは小さい頃から、いつも自分の人生を自分で管理できるようにと訓練されてきました。確かにそれは大切なことですが、究極的には、仏教が言うような「生、老、病、死」を中心とした四苦八苦は、管理しきれません。仏教は、自分の願望という「煩悩」を消すことによってそれを受け入れるように勧めます。
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