第二百四十八話『冒険をやめない』-【愛媛篇】冒険家 和田重次郎-

12:38
 
シェア
 

アーカイブされたシリーズ ("無効なフィード" status)

When? This feed was archived on July 29, 2020 08:42 (6M ago). Last successful fetch was on June 27, 2020 09:33 (7M ago)

Why? 無効なフィード status. サーバーは持続期間に有効なポッドキャストのフィードを取得することができませんでした。

What now? You might be able to find a more up-to-date version using the search function. This series will no longer be checked for updates. If you believe this to be in error, please check if the publisher's feed link below is valid and contact support to request the feed be restored or if you have any other concerns about this.

Manage episode 263210554 series 1271233
著作 TOKYO FM の情報はPlayer FM及びコミュニティによって発見されました。著作権は出版社によって所持されます。そして、番組のオーディオは、その出版社のサーバから直接にストリーミングされます。Player FMで購読ボタンをタップし、更新できて、または他のポッドキャストアプリにフィードのURLを貼り付けます。
開拓時代のアラスカで大活躍した、愛媛県出身の冒険家がいます。
和田重次郎(わだ・じゅうじろう)。
『犬橇(いぬぞり)使いの神様』と謳われた男は、とにかく、やることなすことが規格外。
北極圏6千キロの探検を成し遂げ、未開の地の地図を作製、得意の犬橇で油田、金鉱、砂金を発見、さらには避難していた捕鯨船の救助にあたり、乗組員の命を救い、アラスカで行われる屋内のマラソン大会では3度の優勝を果たしました。
和田の銅像は、彼が育った松山市日の出町にあります。
松山城まで、およそ2キロ。
彼と同時代を生きた正岡子規の句碑も鎮座しています。
2016年にアラスカで、和田を主人公にしたミュージカルが上演され、それを伝える一文が彼の胸像の下に刻まれました。
松山市街から日の出町に行くには、石手川にかかる、新立橋を渡ります。
幼い日、母に手をひかれ、この橋を渡ったときのことを、和田は生涯忘れませんでした。
父を亡くし、母の実家に身を寄せるため、40キロの道のりを母に連れられて歩いた果てにたどり着いた場所。
「あの橋を渡ったら着くからねえ、重次郎、よく頑張ったねえ」
母が頭をなでてくれました。
ひとりアメリカに渡るときも、彼はこの橋から川面に反射する陽の光を眺め、思いを新たにしたのです。
和田は、どんなに遠く離れても、母に手紙とお金を送り続けました。
彼にとって母は、常に精神の真ん中であり、母と歩いた40キロの道のりは、和田にとっての最初にして最高の冒険だったに違いありません。
大きなことを成し遂げたひとこそ、その出発点はささやかで目立たないもの。
でも、栄光の萌芽は、すでに顔をのぞかせていたのです。
アラスカを駆け抜けたサムライ・和田重次郎が人生でつかんだ、明日へのyes!とは?

252 つのエピソード