身を任せることの力

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(Japanese) このメッセージでは朱馬牧師が身を任せることの力について以下の2つのポイントから話します。

(エゼキエル書 47:3-5 JCB) その人は流れに沿って測りながら東に進み、一千キュビト行ったとき、その流れを渡るように私に命じました。水はくるぶしまでありました。 (4) さらに一千キュビト行くと、また、渡るように命じられました。今度は、水はひざまでありました。(5) それから一千キュビト行くと、 水の深さは腰までになりました。さらに一千キュビト先へ行くと、もう泳がなければ渡れないほどの川となっていました。深くて、 とても歩いて渡ることはできなかったのです。

(ヨハネ 7:37-38 JCB) 祭りの最後の一番大切な日に、イエスは大声で群衆に語りかけました。「だれでも、渇いているなら、わたしのところへ来て飲みなさい。 (38) わたしを信じれば、心の奥底からいのちの水の川が流れ出ると、聖書に語られているとおりです。」

(使徒 22:6-16 JCB) ところが、旅をして、もうすぐダマスコという時、あれはちょうど正午ごろでしたが、突然まばゆい光が、天からさっと私を照らしたのです。(7) 思わず倒れ伏した私の耳に、『パウロ、パウロ。なぜわたしを迫害するのか』と呼びかける声が聞こえました。 (8)『そう言われるあなたは?』と尋ねると、その声は、『あなたが迫害しているナザレのイエスだ』と言われるではありませんか。 (9) いっしょにいた人たちには、光は見えましたが、ことばはわかりませんでした。(10)『主よ。私はいったい、どうしたらよいのでしょう。』私がこう尋ねると、『立って、ダマスコの町に入りなさい。将来どんなことがあなたの身に起こるかは、そこで教えられるだろう』というお答えです。 (11)ところが、あまりのまぶしさに目が見えなくなり、連れの者にダマスコまで手を引いて行ってもらわなければなりませんでした。 (12) ダマスコには、律法を忠実に守る、信心深いアナニヤという人がいました。ダマスコのすべてのユダヤ人に、たいそう評判のよい人でした。 (13) この人が来て、『兄弟パウロ。見えるようになれ』と言うと、たちまち彼の姿が見えるようになりました。 (14) するとアナニヤはこう言ったのです。『先祖たちの神があなたをお選びになったのです。神がそのことをあなたに知らせ、イエス・キリストに会わせ、その御声を聞かせてくださったのです。(15) あなたがこの方の教えを携えて行き、自分で見聞きしたことを、あらゆる所のあらゆる人たちに伝えるためです。 (16) さあ、何をためらっているのです。お立ちなさい。主の名を呼んでバプテスマ(洗礼)を受け、罪をすっかり洗いきよめていただくのです。』

1.握りしめてしまっている手を広げて、神様の声に心を開いてみる

(イザヤ 55:8-9 JCB)「わたしの計画はあなたがたの考える計画とは違い、 わたしの思いは あなたがたの思いと同じではない。 天が地より高いように、 わたしの道はあなたがたの道より高く、 わたしの思いはあなたがたの思いより高い。」

2.聖霊に委ねる -川の流れに身を任せる-

(エゼキエル書 47:6-9 JCB) その人は、今見たことをよく脳裏に刻み込んでおくようにと言って、私をその川の岸に沿って連れ帰りました。 (7) すると驚いたことに、川の両岸にたくさんの木が茂っているではありませんか。(8) その人はこう言いました。「この川は東に流れて、砂漠地帯とヨルダン渓谷を通って死海に注いでいる。こうして死海の塩分の多い水を浄化し、新鮮な水に変えるのだ。 (9) この川の水に触れるものはすべて生き生きとする。魚が住める水に変えられるので、死海にも魚がいっぱいになる。この水が流れ込む所はどこでも、すべてのものが生かされる。

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