MITにおけるアントレプレナーシップ形成の歴史(その1)

 
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【今回のまとめ】 ・MITのアントレプレナーシップ溢れる風土の形成には、MIT建学以来のモットーである「mind and hand」が強く提供してきた。つまり、知識を学ぶことと、手を動かして実現することを両立させて初めて価値が生まれるのだ。  世界で「イノベーションを生み出す都市/地域」としてまず名前が挙がるのは、カリフォルニアのシリコンバレーだが、米国東部マサチューセッツ州のケンブリッジ/ボストン周辺も有名だ。  ケンブリッジ/ボストン地域には、世界でも優れた大学(頭脳)が多数集積しているが、そのなかでも重要な役割を果たしてきたのがMIT(マサチューセッツ工科大学)だ。2015年のMITの調査では、MIT卒業生が世界で3万社を設立し、その売上合計は日本円換算で200兆円に達する(これは、世界で10番目の国家経済規模に相当)というインパクトが報告されている。  この5月に、MITのビジネススクール(スローン・スクール)のエド・ロバーツ教授が、「Celebrating Entrepreneurs, How MIT nurtured pioneering entrepreneurs who built great companies(アントレプレナーへの賛辞:MITは偉大な企業を創った起業家を如何にして育んできたか」というタイトルの1冊の本を出版した。(https://www.amazon.co.jp/dp/B086JBXKB6/ref=dp-kindle-redirect?_encoding=UTF8&btkr=1)  今回から4回に渡って、このロバーツ教授の本を紐解きながら、MITがどのように周辺地域のイノベーション創出やアントレプレナー育成への取り組みを行ってきたかを解説してみたい。  まず、MITが如何にして起業家精神の巨大な推進力となりえたかについて、ロバーツ教授が最初に触れているのは、1861年のMIT建学以来のモットーである「mens et manus(mind and hand)」の重要性だ。このモットーは、スローン・スクールやアントレプレナーシップ・センターの講義や講演でもかなり頻繁に登場する。「知識を学ぶことと、手を動かして実現することを両立させて初めて価値が生まれる」という考え方だ。  初期のMIT卒業生たちは、自動車産業や航空機産業、石油産業、電力産業・・・等々で多くの著名な会社を設立し、国家を支える産業の形成に貢献してきた。同時に、大学設立初期の頃から、教授も産業に貢献すべしという風土が形成されていた。もっともこれには、教授たちの給料が安かったため、学外でのコンサルティングによって収入を補うことが奨励されていたという理由もあった。例えば、1870年代にボストン大学のベル教授が電話を発明した際に、MITのある教授がその実用化を支援したり、卒業生の缶詰の技術開発を支援した教授もいた(これが、あの有名な"キャンベル・スープ・カンパニー"の誕生につながる)。つまり、MITの教授たちは、週1日のコンサルティング活動を通じて、イノベーティブな製品を生み出す元となるアントレプレナーシップを自ら獲得していたのである。  教授によって設立されたコンサルティング企業としては、例えばアーサー・D・リトルが有名だ。また、音響分野のボーズ(BOSE)、バイオ医薬品分野のBIOGEN(創業者のMIT教授はノーベル賞受賞者)、ロボット分野のiROBOTなど、数多くの著名企業がMITから生まれている。  教授たちが基礎技術の実用化に熱心なので、大学院生やポスドク達も必然的に産学連携プロジェクトや大学発ベンチャーの設立に関わったりする。そうやって、MIT全体で産業との垣根が低くなり、イノベーションに積極的に取り組む風土が形成されてきたのである。 

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