110 第98話

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Manage episode 289089339 series 2621156
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「古田の様子がおかしい?」
「はい。」
「何が。」
「同じこと何度も言うんですよ。」
「何度も同じことを?」
「はい。」
警察庁警備局公安特課。
松永専用の公安特課課長室で百目鬼は足を机の上に乗せて何者かと電話をしていた。
「具体的には?」
「空閑ですよ空閑。」
「…あぁ、千種が光定の書類を渡したと思われるやつか。そいつがどうかしたか。」
「古田さん。自分にその空閑を調べてくれって電話かけてきたんです。百目鬼理事官から自分を使えって言われたんでって。」
「うん。俺が神谷くんを紹介した。」
「で、空閑教室って塾をやってるってのを聞いたんで、すぐに下のモンに調べさせたんです。」
「うん。ってかその下のモンって言い方、ちょっとマズくない?組のモン的で。」
「でも一応自分、今は仁熊会の若頭ってことになってますんで。サツカンとして振る舞うと下のモンが良い顔しません。」
「あ…そう…。」
「で、ものの10分してですよ。また古田さんから同じ電話かかってくるんです。」
「同じ電話?」
「はい。空閑教室の主を調べろって。空閑は空気の空に閑散の閑。門構えって。」
「あらら。」
「えっとさっきも電話もらいましたがって言ったんですが、それはワシを語った別のモンやって言うんです。」
「で。」
「で、これがあと2回繰り返されました。」
百目鬼の表情が険しくなった。
机の上に乗せていた足を降ろし、彼は座り直した。
「ぱたっと電話が止んで数時間後、また古田さんから着信がはいったんです。そうしたら次は空閑じゃなくてスガを調べろって。」
「スガ?」
「はい。」
「古田さん。空閑については大体調べはついたんですが、今度はスガですか?」
「え?」
「あの…今日、古田さんから空閑について調べろって依頼されて、一応さっき自分のところにレポート上がってきたんですが、これじゃなくて別件のスガですか。」
「あ…ワシ…あれ?」
「先に依頼受けたのは空閑。いま古田さんが依頼されてるのはスガです。」
「あ、空閑でいい。そう。空閑やった。すまんワシなんか勘違いしとったみたいや。」
「マズイな…。」
「やはり理事官もそう思われますか。」
「認知症の疑いがあるね。」
「はい。」
「わかった。神谷君。君はトシさんにはとりあえず適当に合わせていてくれない?」
「はい。ですがどう適当に合わせればいいか正直わかりません。なにせ身近にそういう人がいないもんで。」
「とにかくこの手の人にの言うことは『はいはい』と聞いておくんだ。」
「しかし同じことをこうも何度も繰り返されると…。」
「気持ちはわかる。けどそれが一番円滑にことが運ぶ。とにかく怒ったり否定することだけはしないように。」
「はい…。」
「トシさんのことは俺の方で専門医にあたってみる。」
電話をピッと切る音
車のドアを開いてそれに乗り込む
「ふぅ…。」
「その冴えない表情。あれでしょ。」
「え?」
「ほらさっき連チャンでかかってきてたあれ関係。」
運転席の雨澤はシートベルトを締めてエンジンを掛けた。
「なんでわかったんだ。」
「だってあのとき頭抱えてたじゃないですか。」
「あぁ…。」
「俺がヤバメの状態でも冷静に的確な指示を出し続けられるあなたが、さっきの連チャンの電話には随分と取り乱してた。何度も同じことで電話かけてましたよね。あの電話の人、ちょっと認知入ってるんじゃないんですか?」
「わかってたのか…。」
「まあ。」
「どうして?」
「ま、身近にあんな感じの人いたんで。」
「いた…。」
「あ、死んでませんよ。施設に入ってます。」
「親御さんとか?」
雨澤はうなずく。
「親父です。」
「そうか。」
「さっきの電話めっちゃデジャヴでした。」
「…。」
「その人、あなたとどういう関係なのかは知りませんけど、とにかくはいはいって聞いておいたほうがいいっすよ。」
「それ言われた。」
「あ、そうですか。それは懸命なアドバイスです。」
「でも正直しんどいんだけど。」
「それは相手も一緒。相手は好きでそういう状態になってるわけじゃない。病気がそうさせてるんです。そう思うだけで少しは優しくなれませんか。」
神谷は天を仰ぐ。
「って言ってもなかなか難しいんですよねぇ。他人なら結構客観的に接することができるんですが、下手に知った仲だとね、ほら正常な状態の相手と今の要領を得ない相手を比較して、もどかしくってイライラしてしまう。自分もついカーッとなって親父をアホバカ呼ばわりしたことがありましたよ。」
「そう…。」
「神谷さん、結構イラツイてるから、結構深い仲だったんですね。」
「まぁ、ね。」
「頼ってるんですよ。その人。神谷さんを。」
この雨澤の一言が神谷に刺さった。
古田の容量の得なさに苛立ちを覚えていた神谷は、自分の狭量さを恥じた。
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ドアが開かれる音
椅子に座る音
「お久しぶりです。部長。」
「その部長っていうのはもうやめてもらえないか。」
こう言って彼は自分のなりを彼に改めて見せた。
「びっくりしたよ。君がここに来るとは…。」
「いつか伺いますって手紙にも書いたじゃないですか。」
「確かにそうだが本当にくるなんて…ってことは。」
ここで男は言葉に詰まった。
「父は先月旅立ちました。」
「そうか…。」
「その節はいろいろとお気遣いいただき本当にありがとうございました。」
「いや…。」
「特に苦しむこともなくあっという間でした。」
「…それはなによりだ。」
「本当に安らかな顔でした。あんなに穏やかな表情、認知症になってから見たことがなかった。最後の最後であの表情なら結果オーライ…ってことですか…。」
「よくやったよ君は。」
「ありがとうございます…。」
目の前の男がこらえきれず涙する様子を見て、彼もまた目頭が熱くなった。
「すいません。気丈にしてるつもりだったんですが、部長を久しぶりに見てなんか親父と同じ感覚を受けてしまって、ははは…涙腺がガバガバになってしまいました…。」
「ははっ。よせ。」
涙が止まらない。
これだけ涙を流すのはいったい何時ぶりだろうか。
「今日、ここに伺ったのは父の報告ともうひとつありまして。」
「もうひとつ?」
「はい。自分はあなたの更生に期する人物として刑務所から特別に面会を許された身です。」
「…。」
「あなたの更生に一役買えそうな話を持ってまいりました。」
「なに?」
立会人の表情が一瞬こわばった。
「今から私が話すことがこの刑務所の規則に違反することになるなら、立会人さん。すぐに止めてください。」
立会人は何の反応も示さない。ただノートに目を落とすだけだ。
この反応に男は自分の申し出が了承されたと理解した。
「父は日記を書くのが日課だったみたいなんです。遺品整理してたら昔の物がたくさん出てきました。」
「それはそれは。」
「つい読みふけりました。父が日記をつけ始めたのは母が亡くなってからのようで、その日の天気や感じたことを簡潔に書く形の日記でした。その愛想もない日記を読み返していると、父がひとりになってから、この世界をどう見ていたのかというのが手にとるようにわかるんです。母を亡くした寂しさ。息子である自分を気にかける様子。世相の見方。春夏秋冬の季節の移ろいをどう感じ取っていたか。面白みもなにもないただの2,3行の報告文ですが、その分リアルに伝わってきました。」
「君はお父さんが見ていたものを追体験したわけか。」
「はい。」
「それはそれで、ある意味辛い体験だ。」
「はい。結構堪えました。」
「だろう。」
「ですがひと通り目を通してあることに気がつきました。」
「あることに気がついた?」
男はうなずく。
「父はある日を境に認知症のような症状を見せるようになった。」
「ある日を境に?」
「はい。」
「なに?待って。どういうことだ。」
「父は原因不明の難治性疼痛に悩まされていました。鎮痛剤を飲んでも、ブロック注射をうってもあまり良くならないんです。これは昔からです。それで悩む父の姿は自分もかつて見ていました。日記にもこの疼痛についてよく触れています。」
「ふむ。」
「父は医師から疼痛を抑える可能性があると催眠療法を勧められ、それを受けることにします。結果、症状は改善します。これには父は驚いていたようです。」
「催眠療法…か。そんなものが効くのか。」
「わたしもにわかには信じられないんですが、当の父が効いていると言ってるんです。そうなんでしょう。」
「だな。」
「ですがこのあたりから日記を書くペースに異変が出てきます。」
「なに?」
「毎日書いていたはずの日記の更新がランダムになりはじめるんです。何も書かない日が出てきました。それはやがて一日おきになり、一週間おきに。ついにはそのノートはただのメモ帳のようになるんです。」
「なんだって…。」
「備忘録としてのメモ帳でしょうね。買い物リストのようなもの、地図っぽい絵が書かれるようになりました。私が自分の財産を付け狙っているとか、不安を抱えている様子もそこには書かれていました。」
「典型的な認知症の症状だな。」
「はい。催眠療法を受け2,3ヶ月も経たないうちにこのざまです。タイミングがおかしいと思いませんか。」
「まぁ…。」
「父の一種錯乱する様子が書き留められたノート。私には見るに堪えない代物でしたが、目を背けるわけにもいかないと思い、向き合いました。するとそこに気になるものを見つけたんです。」
「…なんだ、それは。」
「目の絵。」
「メノエ?」
「はい。」
「え?何だ、メノエって。」
男は自分の片目を指差す。
「これですよ。この目です。この目の絵が何個も書かれてあったんです。鉛筆で。」
「え…。」
「それだけでも狂気じみているのに、そこに変な言葉も書かれてました。」
「変な言葉?」
「ボーフとかボークとか。」
この言葉を聞いた瞬間、彼は戦慄した。
「意味分かんないんで、自分なりに調べてみたんです。このボーフとかボークって言葉のこと。するとこれロシア語で神って意味だそうですね。」
「…ツヴァイスタンでも同じ意味で使われる。」
少し間をおいて放たれたその言葉に男はうなずいて応えた。
「父はロシアとかツヴァイスタンには関心も何も示したことがなかった。そんな父がこんな言葉をノートに書き記す。これは普通じゃありません。普通じゃないことが父の身に起きていた。しかも催眠療法とかを受けた頃からです。」
「…。」
「ツヴァイスタンといえば今川さん。あなたなら何か知ってるんじゃないかと思って、ここに来ました。」
「…。」
「今川さん。」
「かつて聞いたことがある。」
立会人はペンを構えた。
「鍋島がもつ瞬間催眠の能力を第三者も利用できるものにするために研究をする機関があると。」
「鍋島?瞬間催眠?」
「あぁ。君も知ってる通りツヴァイスタンは完全縦割りだ。俺はそれ以上のことは知らない。ただあの国のやり口は知っている。だから想像はできる。」
「どう想像できますか。」
「外注さ。」
「外注?」
「あぁ俺みたいなエージェントを使って、外で研究させるのさ。それがスパイ天国のこの日本って感じでな。」
「石大病院でもそんなことがまかり通るんですか?」
「できないことない。日本にはツヴァイスタンのシンパはうようよいるからな。」
「だとしたら…。」
「大変なことになる。」
車のドアを閉める音
「ご苦労さまでした。」
「できる限りのことはやりました。」
「ありがとうございます。報告は入っています。」
「え?報告?」
「はい。」
横に座っている彼は封筒を男に手渡す。
「謝礼です。受け取っておいてください。」
受け取った瞬間、かなりの額が入っていると想像がつく厚みを感じた。
「こんなに?」
「いいから。何も言わずに。」
男はそれを鞄にしまった。
「父親を実験台にされたんですから。」
「…。」
「これで警察が本腰入れて動いてくれることを期待しましょう。」
「はい。」
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