120.1 第108話【前編】

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「ちょっくら外で煙草吸ってきてもいいけ?」
「どうぞごゆっくり。」
古田は店から出た。
「はいもしもし。」
煙草を咥え火を付ける音
「井戸村ってまだそこにいるの?」
「おう。おる。」
「もうしばらくしたら坊山って男が合流するみたいよ。」
「坊山?」
「ええ。そいつの部下。病院の人事課長。」
「部下が何しに。」
「わかんない。」
「ふうむ…。」
「井戸村。何でも随分ヤバいことに首突っ込んでたみたいよ。」
「ヤバいこと?なんや?」
「それもわかんないの。とにかく周りを巻き込みたくないからってウチの楠冨帰らせたみたい。」
「…何や…ひょっとしてその坊山ってやつがヤバいんか。」
「違う。坊山も楠冨と一緒よ。巻き込みたくないんだって。」
「待て待て。巻き込みたくないげんに、楠冨は家に帰らせて、何で坊山は呼び出しなんや。」
「わかんないわよ。私、井戸村じゃないんだし。」
煙をゆっくりと吐き出した古田は空を見上げた。
数時間前まで雲に覆われていた空だったが、月明かりによってその切れ間が見えるほどになっていた。
「トシさん?」
「あ…うん…。」
「で、私はどうすればいいの?」
「そうやな…楠冨については一旦これで離脱してもらうとしようか。せっかく井戸村が気を利かせてくれたんや。」
「そうね。」
「痕跡は消したい。楠冨を離脱させたらマスターも離脱してくれ。」
「わかったわ。」
「何度も言うが山県久美子のストーキングについては心配ない。だからマスターは通常業務で頼む。」
「了解。」
「トシさん。」
「うん?」
「忙しいと思うけど。ちゃんと休んでね。」
「あ?」
「あれからメモとってる?」
「メモ?何のことや。」
「何言ってんの。この間、トシさん石大病院にかかった時からメモとってないって言ってたでしょ。」
「あれ?んなこと言っとったけ?」
「え…。」
電話口の森は心配そうな声を出した。
「トシさんクガの件は何なのかわかったの?」
「クガ?」
「そう…クガ…。クガのこと追っかけてるって言ってた件よ。」
古田は黙った。
「大丈夫?トシさん。疲れていない?」
「…マスター。今日は何曜日や。」
「え?」
「今日は何曜日や。」
「…火曜日よ。4月28日。」
「ってことは平日やな。」
「…そうよ。」
振り返ると中華料理店「談我」看板が見える。
「何でワシこんなところで飯食っとるんや。」
「え…。」
森は絶句した。
「また電話するわ。落ち着いたら店にも行くし。じゃあ。」
「え?トシさん?ちょっと待って。」
森の呼びかけを遮るように古田は電話を切った。
「ふぅ〜。」
店の外で煙草を吸う古田の前を通過し、忙しない様子で店の中に入っていく男があった。
「奴さんと思し召しき人物登場。」
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店に入ると奥のテーブル席にひとり、肩を落とすように佇む男の姿があった。
「部長。」
こう呼びかけると男は顔を上げた。
いつも自分に高圧的に接している井戸村ではない。
明らかに彼は憔悴していた。
「…相馬さんは。」
「光定先生と応接です。自分、井戸村部長からすぐに来るよう言われてましてって言ったら、どうぞって言ってくれました。事務局の施錠は警備室に引き継いできました。」
「そうか。で光定先生は。」
「よくわかりません。」
「わからない?」
「はい。相馬さんと応接にいたんですが、なんかわからんがですけど、ただ項垂れてうーうー言っとりました。」
「?」
「相馬さんはご心配なくって言って自分送り出してくれたんで、戸締りは警備室にお願いしてすぐここに向かったんです。」
「そうか…。」
「で、部長何なんですか。何をご存知なんですか。」
こう言って坊山は井戸村のグラスにビールを注ごうとするが、それは手で蓋をされた。
「酔った勢いで話すことじゃない。呑むのはお前も控えてくれ。」
「は、はい。」
坊山は熱い茶と餃子をオーダーした。
「お前…あんな写真見てよくメシ食う気になるな…。」
「まぁ写真ですから。現物でしたらちょっと無理ですけど。」
「俺なんか想像しただけでも、まだ上がってくるぞ。」
「確かにびっくりはしましたが、自分はそこまでじゃありません。もっと酷いもの見てますから。」
「救急搬送の患者とか…。」
「まぁ…。」
「そうか…。」
「ま、そんな話はどうでもいいでしょ。部長の心当たりって何なんですか。」
「それよりも坊山。その催眠の実験とやらを光定先生がやってるって話、もう少し詳しく教えてくれないか。」
「詳しくと言われてもこれについてはそれ以上のことはわかりません。自分が聞いたのは光定先生は『瞬間催眠』っていうものの実験を至るところでやってるってことです。で、それが気づくと自分でもとんでもないところまで発展していて、収拾がつかない状況になっているらしいってことです。」
「瞬間催眠…。」
「ええ。」
「なるほど…噂通りだ。」
「噂とは?」
「あれは俺がまだ東一の職員だった頃の話だ。ただの都市伝説だと思っていた。」
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東京第一大学医科学研究所事務部
「え?第2小早川研究所?」
「はい。」
「いや。聞いたことがない。」
「そうですか。」
「何よそれ。どこにあんのよ。」
「本学の中です。」
「え?このキャンパスの中に?」
「はい。僕ら職員も知らない秘密の研究室。存在は一部の人間しか知らないって話です。」
「あの俺、一応管理課課長なんだが。」
「何でも総長直轄の研究室でマル秘だとか。」
「都市伝説だろ。」
「わかりませんよ。」
「で?」
「機関の人間が出入りして、密かに研究してるって話です。」
「何だよそれ。アニメの見過ぎだぞ。第一なんだよ機関の人間とか。」
「小早川先生がやってる研究、井戸村課長はご存知ですか。」
「知らね。」
「催眠です。」
「催眠?」
「はい。天宮先生からの流れを受け継いで瞬間催眠の研究をされています。」
「瞬間催眠?何だそのオカルト。ってか瞬間催眠とか機関とか総長直轄とか香ばしさオンパレードじゃん。」
「その香ばしさを隠れ蓑にして第2小早川研究所は堂々と研究をしてるって話です。」
「ないない。あり得ない。もしもそれが本当だとしたら、この医学研究所の管理を任されている俺が存在すら認識できていなかった責任を問われる。つまり俺の首が飛ぶ話だ。」
「そう思って自分、課長にご注進申し上げたんです。」
阿呆らしい。こんな下らない話に付き合っている暇はない。
そう言って井戸村は話を切り上げようとした。
「ですが今課長と話してて気がつきました。」
「おいおい。まだ続ける?」
「第2小早川研究所は本来あってはならない存在です。だから課長は今のまま何も知らないことを管理する。これが求められるのでは?」
「なんだお前。小難しいこと言うなぁ。」
「すいません。変な話をしてしまいました。忘れてください。」
見るなと言われれば見たくなる。
食べるなと言われれば食べたくなる。
触るなと言われれば触りたくなる。
それと同じように忘れてくれと言われれば、忘れられなくなる。
ただの都市伝説であると一笑に伏していた井戸村だったが、第2小早川研究所の存在が頭から離れなかった。
だが同時に部下の言葉が頭を過ぎる。
「第2小早川研究所は存在してたらいけない存在です。だからむしろ課長は今のまま何も知らないことを管理する。これが求められるのでは?」
初めからその話を聞かなかったことにすれば良い。そうすれば第2小早川研究所は存在しないのだ。
あれから第2小早川研究所の名を口走る者は誰一人と居ない。
彼は自分にあの話をして間もなく退職した。
井戸村は黙して語らずを決め込んだ。
月日は経ち、その都市伝説の存在を思い出すことも無くなったようなある日。男が井戸村を訪ねてきた。
「賢明な判断をされました。あなたは。」
唐突にこう切り出した彼の容姿に特徴のようなものはない。
それ故に姿かたちを思い出せない。ただ東京第一大学の出身であることだけは井戸村の記憶に残っていた。
「何をおっしゃっているのかさっぱり分かりませんが。」
「それで良い。」
彼は鞄の中からおもむろに一冊のパンフレットを取り出した。
「お仕事の斡旋です。」
「はい?」
パンフレットを手にした井戸村はその表紙を声に出して読む。
「石川大学医学部附属病院?」
「こちらの病院部長というポストに空きが出ます。こちらに移られるのは如何でしょう?」
「え、私が?」
「はい。」
「まさか…私は…。」
「いいえご心配なく。お役御免ではありません。ヘッドハンティングです。」
「ヘッドハンティング?」
「はい。病院部長は石川大学病院の事務方トップの役職です。待遇は今より数段上です。悪い話では無いはずです。」
井戸村はパンフレットを開いて読み込んだ。
「井戸村敬(たかし)。1965年千葉県柏市生まれの50歳。10年前、妻涼子とは離婚。離婚の原因はお互いの子供に対する価値観の相違。妻、涼子は子供を求めるも貴方は不要であるとし、二人の間に深い溝が生まれた。やがて二人は別居。半年の別居期間を経て離婚。涼子は間もなく再婚し子供を授かり幸せな家庭を築く、かたや貴方は独り身。頼れるものは若くして購入した都内のマンションとコツコツ貯めた2,000万円の金融資産。その内訳は預貯金が大半。僅かながら投資信託も持っています。今後は投資の割合を増やし、向こう10年の間に1億程度の金融資産を作り上げる。そして60才でリタイア。余生を過ごす。これが目標。」
「…なぜそれを。」
「現在貴方は50歳で東京第一大学の課長。その年齢でその役職ならこれ以上の出世は望めません。慣例から見ればどれだけ長く見積もってもあと二三年で出向です。そうなれば年収ダウンは避けられず、夢の1億円の金融資産はほぼ不可能となります。ですが石川大学病院の病院部長の年収は最低でも1,200万円。手取りで見れば約900万円ですか。現在貴方の年収は700万円ですから手取りで500万程度。差額は400万です。一方では出向、一方では年収大幅アップ。どちらを取るのが賢明かはもちろんあなたならお分かりでしょう。」
「話がウマすぎる。」
「はい。おいしい話です。」
「なぜそんなウマい話が俺のところに。」
「言ったじゃないですか。あなたが賢明な方だからですよ。」
「だから何なんですか。その賢明って。」
「黙することを決めたんでしょう。」
「は?」
「第2小早川研究所ですよ。」
「えっ…。」
「管理課長という役職にあるあなたなら、その気になれば第2小早川研究所の存在を調べることはできた。事実あなたは気になったでしょう。第2の存在が。だがあなたはそれを堪えた。調査はしないという選択をした。その選択によって第2小早川研究所の存在は完全な都市伝説となった。」
「まさか…。」
「我慢強く、分を弁えた行動。期待に応えるものでした。」
「…。」
「何かの拍子であなたが第2を調べる可能性があった。だから先にこちらから手を打った。そういうことです。つまり。あなたは我々の手の内にあるということです。」
瞬間、井戸村は気がついた。
「ブラフだったと言うのか。」
男は頷く。
「と言うことは第2研究所は…。」
「それは私にも分かりません。あるかも知れないし無いかも知れない。」
「その物言い…。」
「いいですか。あなたはもはや我々の手の内にある。つまりあなたには選択権は無いということです。そもそも断る気はないでしょう。こんな良い話。」
「裏がある。」
「ありません。あなたは石川大学病院の病院部長としての責務を果たすだけです。」
「何ですかそれは。」
「調整ですよ。」
「具体的には。」
「いま石大にいらっしゃる天宮先生。そしてここ東一で研究に勤しむ小早川先生。この二人の研究を全面的にバックアップする環境を石川大学で整備してください。」
「研究…。それは瞬間催眠なんですか。」
「なんですかその珍妙な研究は。」
「あ…いえ…。」
「研究の詳細は私も知りません。国の威信がかかる重要な研究だとだけ私は聞かされています。もしもそれがそんなオカルト研究だとしたら、この国は滅ぶでしょうね。間違いなく。」
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