104.1 第92話【前編】

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「なんだってこんなところなんだ…。」
車一台がやっと通れるくらいの舗装されていない狭い道。
雨によってそれは泥濘んでいた。
ひょっとするとタイヤがスタックするかもしれない。
自身のない空閑は車を止め、その道を徒歩で進んでいた。
歩くこと数分。ようやく開けた場所に出た。
朽ちた小屋がある。
その側には車が止まっていた。
「四駆か…。」
扉を開く音
「遅かったね。」
暗がりに白いシルエットが見える。
白衣姿の光定だった。
「まぁ…。」
木床の軋む音
「ここは?」
「あぁ塩島一郎って爺さんの持ち物さ。ちょっと拝借したんだ。」
「いや、そういうことじゃなくて。なんでこんな熨子山の小屋なんかで。」
「熨子山って言ったら思い出さない?」
「え?」
「鍋島になるんだよ。君はこれから。」
「あ…。」
「そう。ここは9年前に起こった熨子山連続殺人事件のまさに現場さ。」
「ここが…。」
「ほら。いま立っているそこ。まさにそこで二人の被害者が鍋島によって殺された。ひとりはハンマーで撲殺。もうひとりはナイフで頸部をかっさばかれてね。ひひひ…。」
「おい…。クイーン…おまえどうしたんだ?」
「どうもこうもないよ。残念なんだ。君がどうしても鍋島になりたいっていうもんだからさ。」
「え?だって…おまえさっきあれほど嫌がってたのに。」
「嫌だよ。いまでも。またひとりナイトを誕生させてしまうかもしれないしね。」
言葉とは裏腹に光定は嬉々とした表情である。
空閑は彼の様子に寒気を感じた。
「おい…。」
「でもこの施術が成功すれば君は晴れて鍋島になれるんだ。鍋島になるということはつまり、君は他人を瞬時に操ることができる能力を持つということなんだ!…鍋島生産の実績は大きいよ。なぜなら君という存在が、空閑という存在が瞬間催眠装置になるわけなんだから。実用化ってのにはまだ遠いけど、実例ができる。それだけでもすごい進歩だよ!」
ーなんだこいつ…。あんだけ嫌がってたのになんでこんなにハイテンションなんだ…。まさかおかしくなっちまったか?
「ビショップ。君にはあらかじめ言っておかないといけない。」
「なんだ?」
「この施術。成功しても失敗しても程度の差はあれ、君の脳に影響が出る。」
「脳に影響?」
「ああ。」
「なに?成功してもか?」
「うん。失敗すれば記憶障害が出るし、別の人格が君を支配することも出てくる。さらに君は催眠にかかりやすい体質になる。そして想像を絶する頭痛。つまりナイトのようになるわけだ。で、成功したとしても君は鍋島になるわけだ。鍋島も頭痛に悩まされていたとある。そして妙な幻覚を時々見ていたとも報告がある。」
「俺にもその症状が出ると…。」
光定はうなずく。
「可能性は高い。」
「なるほど。」
「鍋島をつくる実験。これはことごとく失敗してきた。」
「ことごとく?」
「つまり失敗の事例はたくさんあるけど、成功事例がない。だから施術成功後の君の症状の経過は出たところ勝負になる。」
「おい待てよ。なに?鍋島を作る実験ってナイトだけじゃないのか?」
「うん。」
「え…それ聞いていない…。」
「そりゃそうさ。誰にも言ってないから。」
「どういうことだ…。」
「とにかく僕には施術の失敗に対応するノウハウはある。けど成功後のノウハウはない。だから君が鍋島になるとどうなるかは正直僕はわからない。ひょっとすると鍋島になった君が暴走して、この場で僕を殺してしまうかもしれない。」
「は?」
「ほら僕はこのとおりもやしだ。それに比べて君はたくましい。取っ組み合いになったら僕は瞬殺さ。とにかく先のことは予測不能なんだ。だから先に君だけに本当のことを教えておくね。」
光定の言葉の真意がいまひとつわからない。
この目の前の白衣姿の男。薄ら笑いを浮かべながら物騒な発言を繰り返す。
気味が悪いという印象しか受けられない。空閑は反応に苦慮した。
「5年前。東京の方で妙な殺人事件が起こっていたの覚えてる?」
「え?なに?」
「ほら殺人事件が起こるたびに犯人自殺。全部で8件。」
「なんとなく覚えているが…。」
「あれ、全部鍋島実験の失敗事例。」
「な、なんだって…。」
「あの自殺した犯人たち、みんな東一病院にかかってたんだ。」
「マジかよ…。」
「なんで警察は東一病院まで捜査しに来なかったんだろうねぇ。待ってたのに。僕。」
「待っていた?何言ってんだお前。」
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5年前
東京第一大学医学部第2小早川研究所
「光定先生。」
「は…はい…。」
「その後どうですか。進捗は。」
「あ…あの…山県久美子に対する研究には目立った発見はありません。曽我先生がいろいろ試しているみたいんなんですが、結局の所現状維持の状態です。」
「ふぅ…。天宮先生は曽我先生のことを高く買っているみたいですけど、実際のところあの先生はどうなんでしょうかね。」
「真面目に…やって…います。」
「真面目なのは当たり前です。ちゃんと被検体の観察ができているのか不安なんですよ。」
「と…いいますと?」
「ほら仮説を立てて、その実験を行い、証明をする。この一連を全部あなた自身がやっていれば、その結果にも私は納得できるんです。ですがほら、肝心の実験と分析は曽我って人物に外注でしょう。あなたが思ったような正確な実験と分析ができてるかどうかは分かったもんじゃないですよ。」
「ですが…それは天宮先生のご意向でもあります。仕方ありません…。自分には…臨床ができる…とは到底思えませんから…。」
小早川はため息を付いた。
「天宮先生も天宮先生ですよ。もうちょっとマシな人間を引き込んでくれればよかったのに…。」
「すいません…。」
「いや、光定先生。あなたにはなんの否もない。やはり東一以外の医師には難しいのかもしれませんよ。この研究。」
「はぁ…。」
「ま、そんなこと言ってても始まりませんか。」
「がん…ばります…。」
小早川は光定の肩をたたいた。
「先生は悪くない。先生は私の希望です。」
「は…い…。」
「ただ。」
「ただ?」
「天宮先生自身が焦ってらっしゃってでして。」
「あれですか。」
「はい。同志があんな事になったじゃないですか。それでその奪還をなんとかせねばと。」
「なる…ほど…。」
「しかし功を焦って墓穴を掘るようなことは絶対に避けねばならない。」
「小早川…先生。」
「はい。どうしました。」
「実は…ひとつ…いままでとは異なる…アプローチが…あって…。」
こう言うと光定は小早川を連れ立って研究所を離れた。
「どこに行こうと言うんですか。」
「とりあえず…行けば…わかります…。」
タクシーで移動すること30分。都内のとある場所で二人はそれを降りた。
「なんですかこれ。」
目の前に空きが目立つ小さなテナントビルがあった。
光定は小早川の問いかけには答えず無言でその中に入った。
「ちょ…。」
「黙って一緒に来てください。」
「あ…。」
いつも鼻をすすり、はっきりしない喋り方をする光定であるが、このときの彼は違っていた。
この光定の変わりように小早川は無言になった。
エレベータに乗り込むと、光定は無言のまま操作盤の地下3階のボタンを押下した。
ー地下3階?こんな小さなビルに3階も地下が?
到着し扉が開く
「どうぞ。こちらです。」
光定に案内されるまま、ついていった小早川は突如として自分の目の前に現れた異様な光景を前に腰を抜かす事となった。
「げぇっ!」
小早川がこの反応を見せるのも無理もない。
そこには全身をホルマリン漬けにされた一体の人間があったのだ。
「光定…先生…これは…。」
「鍋島ですよ。」
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