キリストは永遠に存在される

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今回は、「キリストは永遠に存在される」(へブル7:24)からのメッセージです。24節と25節は、とても大切なみことばであると私は思います。キリストは永遠に存在され、祭司の務めを持っておられ、私たちのために、とりなしの働きをされておられる、この神様の約束をすなおに、信仰を持って、受け取って行きたいと願っています。6章の最後で、へブル書の作者は、イエスは天の至聖所に私たちの先駆けとして入り、永遠にメルキゼデクの位に等しい大祭司となられました。と書いています。7章から、メルキゼデクはどのような方であったのか、そして、メルキゼデクはレビ族の祭司よりも優れていることを語り始めます。旧約のメルキゼデクが指し示す、私たちの救い主、イエスに対する信仰を益々深めて行きたいと願っています。それでは、へブル書7章1-25節を読んでいただきたい。
まず、メルキゼデクは、どのような方であったのでしょうか?1と2節には、彼は、サレムの王で、すぐれて高い神の祭司でした、と紹介されています。サレムとは、平和を意味する言葉で、今のエルサレムが立つ場所の古い地名です。彼は、平和の王とあり、祭司であったと紹介されています。メルキゼデクの意味は、義の王であり、このメルキゼデクが指し示すキリストこそは義の王であり、平和の王であることを指摘しています。3節には、「父もなく、母もなく、系図もなく、その生涯の初めもなく、いのちの終わりもなく、神の子に似たものとされ、いつまでも祭司としてとどまっているのです。」と書かれています。これは、へブル書の作者のユニークな神学的な表現で、メルキゼデクが指し示すイエスの姿を良く表しています。文字通りに理解するよりも、メルキゼデクはユダヤ人のためだけの祭司ではなく、異邦人を含めたすべての民族の祭司であると理解することができます。民族や時代にとらわれないイエスの祭司職をよく表している表現であると私は思っています。
次にユダヤ民族の信仰の父であるアブラハムがメルキゼデクから祝福を受けたことが紹介されています。このメルキゼデクは、アブラハムが王たちを打ち破って帰るのを出迎えて祝福しました。また、アブラハムは彼に、すべての戦利品の十分の一を分けました。と1、2節には書かれています。具体的には創世記14章18―20節を読んでみてください。アブラハムは自分のおいのロトとその財産が奪われたことを聞いて、ロトを解放するために、自分の家で生まれたしもべ318人を招集して、戦いに出かけます。アブラハムはロトや財産を取り戻すのですが、その時メルキゼデクがパンとぶどう酒をもってきて、アブラハムを祝福します。その際にアブラハムはすべての物の十分の一を彼に与えます。この所から、「いうまでもなく、下位の者が上位の者から祝福されるのです。(7)」と、メルキゼデクはアブラハムより上位の者であることを指摘しています。それならば、アブラハムの子孫として生まれてくるレビよりもメルキゼデクは優れており、レビ系の祭司職よりもメルキゼデクの祭司職は優れていることを語っています。キリストの祭司職は、レビ系の祭司職よりも優れている。そのことを明らかにしようと、このヘブル書の作者は、キリストはメルキゼデクの位に等しい祭司である。(17)と語りかけます。そうであるならば、律法の中心である祭壇での礼拝の在り方も変わってきます。12、13節には、「祭司職が変われば、律法も必ず変わらなければなりませんが、私たちが今まで論じてきたその方は、祭壇に仕える者を出したことのない別の部族に属しておられるのです。」と書かれています。私たちが信じるキリストこそ、王であり祭司である。旧約の律法の理解ではこのことは不可能です。ユダ族からダビデ王が生まれ、またその子孫としてキリストが生まれてきます。キリストは王家の家系から生まれたのであり、祭司であるレビ族の子孫ではありません。しかしながら、メルキゼデクがそうであったように、キリストは義と平和の王であり、同時にレビ系以上の祭司であることが神の誓いにより(21節)、可能となったのですと教えられています。
18、19節では律法は廃止されたこと、加えてさらにすぐれた希望が導き入れられたと書かれています。クリスチャンは、さらにすぐれた希望を持っています。希望それは、キリストによって罪が完全に取り除かれ、神に近づく道が開かれたことを信じる希望です。私たちはこれによって神に近づくのです、と書かれています。律法から解放され、神に近づくことができる、その為にイエスは十字架に着き、私たちの罪を背負われて、贖いの業をなしてくださったのです。
さて、今日のメッセージのテーマ、キリストは永遠に存在され、祭司の務めを持っておられ、私たちのために、とりなしの働きをされておられる、このメッセージをしっかりと心に留めて行きたいと願っています。永遠に存在される救い主イエスがおられるのです。イエスは、私たちのために、とりなしの働きをされておられます。十字架を前にしてイエスを裏切ったあのペテロのために、「わたしは、あなたの信仰がなくならないように、あなたのために祈りました。(ルカ22:32)」と語っておられます。イエスは、永遠に存在され、変わらない愛をもって私たちのために祈ってくださっています。このコロナ禍の中、多くの者が困難の中に生きています。希望を持てない方が多くいます。でもぜひ気づいていただきたい。永遠に存在される方が、私たちのために祈っておられ、私たちの苦しみや困難を知っておられます。私たちはその方と一緒に生きることを選んでいくことができるのです。
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