【海軍省 練習兵用 歴史教科書】9. 大化改新

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(3)大化改新(たいかのかいしん) 蘇我氏の滅亡 国家革新の御事業半ばにして聖徳太子が薨去(こうきょ)せられてから、蘇我馬子(そがのうまこ)は独り権勢を擅(ほしいまま)にし、その子蝦夷(えみし)、その孫入鹿(いるか)になって不臣の行為は極まるに至った。 舒明(じょめい)天皇の皇子中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)はこれを見て 中臣鎌足(なかとみのかまたり)と謀り給い、第35代皇極天皇(こうぎょくてんのう)の4年(1305)、入鹿を御親(みずか)ら誅し給うた。蝦夷(えみし)も家を焼いて自殺したので、蘇我氏も遂に滅んだ。 大化改新の発端 かくて蘇我氏の滅亡とともに聖徳太子の御意志はいよいよ実現せられることとなった。 即ち 第36代孝徳天皇(こうとくてんのう)は 先ず中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)を皇太子とし、鎌足を内臣(うちつつみ)に任じ、支那に学んだ高向玄理(たかむくのくろまろ)・僧旻(みん)を國博士(くにつはかせ)とし、それぞれ国政に参与せしめ給うた。 次いで 天皇は群臣を召して天神地祗を祭り給い、我が肇国以来の大義名分に基づき、天皇御親ら新政を行い給ふの御決意を明らかにせられ、はじめて年号を建て、大化(たいか)と称し、翌2年(1306)、改新の大詔(たいしょう)を発して新政を断行し給うた。 改新の大詔によれば (一)これまで豪族の私有していた土地・人民をすべて公地公民(こうちこうみん)とせられた。 (二)戸籍を作り、国民にはすべて男女とも6歳になれば一定の田を班(わか)ち授け、死ねば朝廷に収めることとせられた。これを班田収授(はんでんしゅうじゅ)という。 (三)新たに税制を定めて、祖・庸(よう)及び調(ちょう)をすべての国民に課せしめられた。 (四)これまでの官制を改めて、中央に於いては大連・大臣を廃して八省百官を置き、地方には国造(くにのみやつこ)・懸主(あがたぬし)等を廃し、新に國・郡を分かって国司(こくし)・郡司(ぐんじ)を置き、いづれにも官職世襲の制度を改めて廣く人材を登用することとせられた。 大化改新の意義 かくて 豪族跋扈(ばっこ)して国政を専断し、土地人民を私有して君臣の分を紊(みだ)していた氏族制度時代末期の弊害は、ここに全く除去せられ、国政の刷新により、わが肇国の大理想に基づく天皇御親政の統一政治が再び実現せられて、一君万民の國體に基づく皇威の伸張、国力の充実が期せられることとなった。 世にこれを大化改新という。 大化改新の御決意 天は覆い地は載せ、帝道唯一なり。而るに 末代澆薄(うすら)ぎて、君臣序を失へり。 皇天手を我に假(か)し、暴逆を誅し殄(た)てり。 今共に心の地を瀝(しだ)みつ、而して今より以後、君は二つの政無く、臣は朝(みかど)に貳(そむ)くこと無し。 若し此の盟に貳(そむ)かば、天灾(わざわい)し、鬼誅して人伐ち、皎(いちじる)きこと日月の如し。 「日本書紀」

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