【海軍省 練習兵用 歴史教科書】7. 儒教 漢字の伝来

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3.国運の隆昌(りゅうしょう)と東亜の情勢 (1)大陸文化の輸入 文教の伝来 朝鮮半島帰服以来、皇化を慕って我が国に帰化するものは極めて多く、これらによって大陸文化が伝えられて、我が国文化・産業は著しく向上した。 即ち応神天皇の御代、百済から阿直岐(あちき)が来朝し、次いで王仁(わに)が召されて 論語・千字文(せんじもん)等を献上し、我が国に初めて儒教・漢字が伝えられた。 その後、漢人 阿知使主(あちのおみ)も朝鮮から帰化して各種の学芸を伝え、王仁(わに)・阿知使主(あちのおみ)の子孫はともに文事を以て長く朝廷に仕えたので、儒教・漢字の学習は朝廷を中心として次第に普及していった。 儒教思想の受容 かくて我が国に初めて伝えられた儒教は、その説くところが祖先を敬い、忠孝の道を尚(たっと)ぶなど、我が国古来の国民道徳と通ずるところが多かったため、容易に我が国に受容せられて、肇国以来の我が道徳観念はいよいよその光を増すこととなった。 儒教の伝来と外来思想摂取の態度 次いで第29代欽明天皇(きんめいてんのう)の御代には 百済から仏像・経典が献上せられて儒教も伝えられ、我が国文化に著しい影響を与えながら 次第に国民生活のうちに同化せられていった。 而してこれらの外来思想を輸入するにあたって取捨選択を憚らず、よくこれを同化することができたのは、わが国には肇国以来、尊厳無比な我が国体に基づき、国民道徳が巌(がん)として定まっていたため、我が国民は些(いささ)かも迷うことなく自主積極の態度を以てこれを摂取することができたからであった。 産業の発達 大陸文物伝来によって我が国産業もまた大いに発達した。即ち応神天皇の御代、秦人夕月君(ゆづきのきみ)が多くの部民を率いて百済から帰化してきたので、天皇はこれらに養蠶(ようさん)、機織(はたおり)の業を興さしめられ、更に阿知使主(あちのおみ)を支那に遣わして裁縫・機織の工女を招き、その技術を伝えしめられた。 その他 鍛冶(かじ)・醸酒(じょうしゅ)の工人も多く渡来し、建築・造船にも大陸の技術が伝えられた。 次いで 第16代仁徳天皇(にんとくてんのう)は 深く産業の振興に大御心を注がせ給い、諸国に勅して池を掘り 堤を築かしめるなど遊ばされ、農業の発達は著しいものがあった。 第21代雄略天皇(ゆうりゃくてんのう)もまた産業の奨励に大御心を注がせ給い、農業の神に在します豊受大神(とようけおおかみ)を、丹波(たんば)から伊勢に移して 皇大神宮に近くお祭りになった。 後世これを下宮(げぐう)と申し上げる。 また天皇は大陸から更に各種の技術をも伝えしめられた。 国力の増進 このようにして御歴代天皇の御奨励により 国内の産業は大いに発達し、海外からの朝貢(ちょうこう)と相まって 内外の貢ぎ物は倉庫に充ちたため、雄略天皇の御代、これまであった齋蔵(いみくら)・内蔵(うちつくら)の外に新たに大蔵(おおくら)が建てられた。 このことは 當時(とうじ)に於ける著しい国力の増進を示すものに外ならない。

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