第15回:北条早雲とDJ クールハーク 「時代を切り開いたパイオニア」

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第15回配信は、北条早雲とDJクールハークの二人についてディグります。
テーマは、「時代を切り開いたパイオニア」。
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ディグディグ日本史です。この番組は、日本史とhip-hopカルチャーの二つリンクさせゆるーく掘り下げていく番組です。
この番組で話す歴史の内容は、全て個人の見解でお話ししています。

今回のテーマは、「時代を切り開いたパイオニア」。
戦国隋代から北条早雲。hip-hopからDJクールハーク。こちらの二人についてディグります。

北条早雲
戦国時代は彼から始まったようなもの。下克上、戦乱お世で強いものが勝ち上がって世の中を収めていく風潮のパイオニアです。

DJクールハーク
言わずと知れたヒップホップのfather、つまりヒップホップの父。Legend of LegendのDJ。ビーボーイズム。ブレイクダンスとか彼がいなければヒップホップカルチャーがなかったのではないでしょうか。

今回も3つのカテゴリーに分けてお話しします。

移住、そして時代の幕開け

北条早雲
岡山の生まれ。
戦国時代が始まる少し前に生まれる。織田信長、武田信玄などの有名戦国大名がまだ出てきていない戦国時代の初期の初期ごろに生まれるである。
室町幕府、応仁の乱(1467年)で荒れている時代背景の時に青春時代を過ごし、幕府の家来として京都で仕事をしていた。
その後東海地方、今の静岡県あたりに移住し、時代を築いていく。つまり岡山から京都へ出て、静岡で戦国大名として花ひらく。
自分より位が上の強いものを倒して領地を広げていった。東海地方の一部を納めていく。関東でなく地方生まれなのです。

DJクールハーク
ヒップホップという音楽を生み出したDJ。アメリカが発祥のヒップホップですが、彼は1955年にジャマイカで生まれた。1967年の12歳のときにNYに移住。
ジャマイカでの少年時代に流行っていたのが、大きなスピーカーを(サウンドシステム)を外に置いてパーティーすることだった。old schoolの映画でもよく登場するが、これはジャマイカが発祥である。そのカルチャーの影響を受けて、アメリカにやってきたのである。

この二人の共通点は、早雲は東海地方、神奈川県(イーストコースト)。クールハークはNY(イーストコースト)。
つまり、日本の戦国時代もヒップホップもイーストコースト、東から始まった。どちらもその人でないのに、新たなカルチャーが始まっている。

荒れてる時代背景

北条早雲が、静岡、神奈川に越してきたとき応仁の乱で荒れていた。11年にも及ぶ大内戦である。
室町幕府の足利の後継争いの、部下たちの勢力争いで、京都を舞台に西軍東軍で争い、京都は焼け野原に。そして全国的に波乱となっていく。京都が崩壊、中心地がまとまらず。治安も経済も大変悪い。貧富の差が出て、貧乏人は死んでいく。とてもしんどい時代だ。
これが戦国最初の時代背景である。

DJクールハーク
ジャマイカから越してきたときもNYは荒れていた。彼はブロンクスという土地の、労働者が住むアパート(プロジェクト)、いわゆる団地で暮らす。
1950、60年代に渡り、ブロンクス地区に大量の移民が流れ込んできていた。元々ブロンクスに住んでいた白人たちは、一気に別の場所に出ていった。大量に移民が流れ組んでくることによって、この土地の地価は下がっていき地主は焦りはじめる。
そこで彼らがとった行動は、これらの不動産を放火。なぜ?火災保険が降りて、儲かるのである。一瞬でも現金収入が入ってくるからくりである。
内乱ではないが、こちらも焼け野原に。警察は近寄らず、そしてギャングが増えていく。黒人、プエルトリカンやメキシカンの移民ギャング。

ネットフリックスにあるゲッタンをご覧いただいたらイメージをお分りいただけると思います。

ピースフルマインド

北条早雲

室町幕府政権の一官僚出会ったが、地方である静岡の一国を収める。そこから勢力を拡大して神奈川、東京、関東一円を収める大名になりました。
そこで早雲が行った税金政策を『四公六民』という。
どんなことかというと、4割を公、6割を民に。例えば、米俵が10俵できたなら、4俵は上に収める。残りの6俵は自分らで使いなさい。というもの。

それまでは、8:2の割合にされていて、生活がままならないほどであった。
当時、民と百姓のことを考えて政治を行うこの策は、日本史上画期的な考えであった。飢饉で作物がとれない場合は、納めなくても良い。借金を返せない場合は、徳政令を発布し、民衆ファーストを考えた政治を行った。

DJクールハーク

彼のことで最も語りたいことは、ブレークビーツです。

ブレイクダンスにあるブレイクって、歌詞と歌詞の間のブレイクのビートでダンスすること。つまり、歌がなくなる間奏部分を使って存分に体現しているのだ。
一枚のレコードを流しながら、さらにもう一枚を用意して常にブレークビーツを流し、ダンサーたちは踊っていた。(やりがいはありますが、この作業を上手にこなすのは技術が必要ですね!)このブレイクビーツはクールハークが生み出したようです。
荒れている70年代のブロンクスでのブロックパーティーで、クールハークが街角や一室にレコードを設置し、レコード2枚使いでB-BOY、B-Girlたちが集まって踊る。
当時のブロンクスってギャングの抗争で、しんどい状況ではあったがクールハークのブレイクビーツのおかげで地域に平和がおとづれた。
銃ではなく、ダンスで納めたのだ。映画にもなりそうな話ですね〜。

まとめ

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Representで『ラップで使われてるスラングの意味、ユナーミーン?』というアメリカのラップのリリックに関するコラムを書いています。
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