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今回は、旧約聖書のイザヤ書から15回目のメッセージです。前回と同じテーマからの2回目のメッセージです。イザヤは新しい祈りの家がユダヤ人や異邦人も含めて作られていくことを預言しています。それではユダヤ人の現状はどのようなものだったのでしょうか。56章9節から57章全体にかけて、堕落した指導者たちの様子や堕落した民の姿が表現されています。本当に悲しくなる内容です。しかし現状を正しく認識して、彼らも変えられることや、私たち異邦人も祈りの家に招かれていることを感謝したいと思っています。もう一度56章4節から12節までを読んでみてください。 7節でこのように表現されています。「わたしは彼らを、わたしの聖なる山に連れて行き、わたしの祈りの家で彼らを楽しませる。彼らの全焼のいけにえやその他のいけにえは、わ…
 
今回は、旧約聖書のイザヤ書から14回目のメッセージです。前回私は、「ああ。渇いている者はみな、水を求めて出て来い。」(イザヤ55:1)とのテーマで語りました。イザヤは、53章でイエスの十字架での罪の贖いの業を、54章では、回復の業が始まることを、そして、55章では、渇いている者はみな、水を求めて出て来いと、神が備えておられる救いを受け入れるように、さらに私たち信仰者に神ご自身を求めて生きるようにチャレンジしています。ところで、56章からは、第6部に入ります。救い主イエスの働きを預言した5部に続いて、第6部では、新しくなった民に向かって新しい礼拝に入るようにと語りかけます。新しい礼拝への招きは、イスラエルの民だけのものではありません。全世界の民に向かって語られています。その招きに応答して、礼拝…
 
①きょうの聖書個所には、主イエス・キリストの口から語られた、次のような譬え話が記されています。 ・あるところにぶどう園を経営している主人がいました。  この日、ぶどう園の主人は、労働者を雇う為に、市場に出掛けて行きました。    ・最初は、朝早く。 次に、朝の9時頃。 そして昼の12時頃。 更に午後の3時頃にも出掛けていって、労働者を雇い、ぶどう園に送ったのでした。    ・その後、この主人は、夕方の5時頃、市場に行ってみたところ・・何と、このような時間にも、まだ数人がそこに立っているではありませんか・・。    ・そこでこのぶどう園の主人は、彼らにこのように聞きます。「なぜ、一日中、仕事もしないで、ここにいるのですか?」すると、彼らは、「だれも雇ってくれないからです。」と答えるのでした。 …
 
今回は、旧約聖書のイザヤ書から13回目のメッセージです。前回私は、「永遠に変わらぬ愛をもって、あなたをあわれむ。」(イザヤ54:8)とのテーマで語りました。イザヤは、イエスの十字架での罪の贖いの業を53章で預言しています。そして続く54章では、エルサレムに向けて、回復の業が始まることが預言されています。誰も住まなくなった町、荒廃した町、エルサレムに向かい、喜び歌えと呼び掛けています。それは十字架での贖いの業が完成したからです。バビロンにとらわれて行った人たちも贖なわれ、回復の業が始まるのです。永遠に変わらぬ愛をもって、私たちを哀れんでくださる神ご自身が、この回復の業を起こしてくだるのです。続いて、55章では、神が備えておられる救いを受け入れて生きるようにとの招きのメッセージが書かれています。…
 
今回は、旧約聖書のイザヤ書から11回目のメッセージです。前回は、「わたしを仰ぎみて救われよ。わたしが神である。ほかにはいない。」(イザヤ45:22)とのテーマで語りました。わたしを仰ぎみて救われよ。そのように、神様は全世界の人たちに向けて語りかけておられます。そして、救われて行く信仰者をイスラエルの子孫と呼んでくださり、主によって義とされる(25)と約束されています。イスラエルの子孫とは、神によって選ばれた真の契約の民のことです。それでは、神が用意しておられる救いとはどのようなものでしょうか。救いは、私たちの善行によって与えられるものではありません。神の子である救い主イエスの十字架での贖いの業によって、信じるすべての者に与えられていくものです。イザヤは、苦難のしもべの預言を通して、イエスの十…
 
今回は、旧約聖書のイザヤ書から10回目のメッセージです。前回は、「わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。」(イザヤ43:4)とのテーマで語りました。救いは私たちの善行によって与えられるものではありません。私たちが救われたこと、それは神のご意思であり、神ご自身の恵みの業です。43章25節に、「わたし、このわたしは、わたし自身のためにあなたのそむきの罪をぬぐい去り、もうあなたの罪を思いださない。」と神のご意思が書かれているからです。神が私たち一人一人を尊い者として見てくださり、神の愛ゆえに救いが私たちに与えられているのです。私は尊い存在、私は神に愛されている、そのような信仰告白を共にして行こうではありませんか。44章では真の神と偶像の神々の違いを述べています。真の神は私…
 
 自分は正しいと確信していて、ほかの人々を見下している人たちに、イエスはこのようなたとえを話された。 「二人の人が祈るために宮に上って行った。一人はパリサイ人で、もう一人は取税人であった。   パリサイ人は立って、心の中でこんな祈りをした。『神よ。私がほかの人たちのように、奪い取る者、不正な者、姦淫する者でないこと、あるいは、この取税人のようでないことを感謝します。私は週に二度断食し、自分が得ているすべてのものから、十分の一を献げております。』  一方、取税人は遠く離れて立ち、目を天に向けようともせず、自分の胸をたたいて言った。『神様、罪人の私をあわれんでください。』   あなたがたに言いますが、義と認められて家に帰ったのは、あのパリサイ人ではなく、この人です。   だれでも自分を高くする者…
 
今回は、旧約聖書のイザヤ書から9回目のメッセージです。前回からはイザヤ書の第五部に入りました。それは、40‐55章にあたります。その内容としては、主のしもべであるイエスによる救いが主に預言されています。40章では、全能の神によるシオンの救いが語られています。救い主が、私たちの羊飼いとなられ、私たちをふところに抱いてくださり、私たちに力を与えてくださるのです。イザヤは、その方と共に歩むように読者にチャレンジしています。41章では、解放者なる神の働きが預言されています。それは、後にメディアの王クロスがバビロンを征服し、バビロン捕囚からの解放をイスラエルの民に与えることで実現します。それも、「だれが、これを成し遂げたのか。初めから代々の人々に呼びかけた者ではないか。」(41:4)と語り、人ではなく…
 
今回は、旧約聖書のイザヤ書から7回目のメッセージです。前回からはイザヤ書の第三部に入りました。それは、24‐35章にあたりますが、世界の裁きと、神の国の成立に関する預言が書かれています。イエスがもう一度戻って来られ、世界を裁き、悪を滅ぼし、シオンの山に立たれ、神の国がこの世に実現する。そのようにイザヤはこれらの箇所で預言しています。イエスはもう一度戻って来られます。そして、すべての民族、国々に、また、私たち一人一人に正しい裁きをなされます。前回語ったことを簡単に振り返ってみます。その日再臨のイエスは、特に弱い者、貧しい者のとりでとなられるのです(25:4)。さらに、イエスは、私たちのために最良の祝宴を開いてくださいます(25:6)。罪ゆえに苦しんでいた人たちの悲しみのおおいを取り去ってくださ…
 
ルカの福音書15章25節〜32節  ところで、兄息子は畑にいたが、帰って来て家に近づくと、音楽や踊りの音が聞こえてきた。  それで、しもべの一人を呼んで、これはいったい何事かと尋ねた。  しもべは彼に言った。『あなたのご兄弟がお帰りになりました。無事な姿でお迎えしたので、お父様が、肥えた子牛を屠られたのです。』  すると兄は怒って、家に入ろうともしなかった。それで、父が出て来て彼をなだめた。  しかし、兄は父に答えた。『ご覧ください。長年の間、私はお父さんにお仕えし、あなたの戒めを破ったことは一度もありません。その私には、友だちと楽しむようにと、子やぎ一匹くださったこともありません。  それなのに、遊女と一緒にお父さんの財産を食いつぶした息子が帰って来ると、そんな息子のために肥えた子牛を屠ら…
 
今回は、旧約聖書のイザヤ書から6回目のメッセージです。前回はエジプトに向けて語られている宣告を学びました。諸外国への宣告は、13章から23章にかけて書かれています。その中から私は、バビロンに対しての宣告とエジプトへの宣告を取り上げてみました。神は民族の歩みをご覧になり、神の定めた時に、高慢な民を裁かれます。それだけではなく、悔い改める者には回復の道をも備えておられます。これは聖書の確かな約束であると思います。イザヤはさらに進んで、救い主が来られることで、絶対的な平和がこの世界にもたらされることを預言しています。参照イザヤ19:23。今回は、イザヤ書の第三部に入ります。それは、24‐35章にあたりますが、世界の裁きと、神の国の成立に関する預言が書かれています。大きなテーマですが、世の裁きは、反…
 
みなさんに二つお聞きしたい事があります。一つ目はみなさんは心の中で何か伝えたいもの、事があるでしょうか? 2つ目はそれはどのようにして伝えたいと思っているでしょうか? 現代ではネットの発展により、以前に比べて物事を伝えやすい環境にあるように思えます。例えばYoutube! 僕は高校まで野球をやっていたと言う事もあり、野球関係のYoutubeを見る時があります。その時に例えば、元日本ハムの片岡選手などはプロ野球の選手しかしらないようなニッチな情報をYoutubeを通して伝えてくれています。それが、また面白い。また、元巨人の上原投手なども同様なチャンネルを持っています。このように、以前は遠くの存在もYoutubeを通して今まで伝えられなかった事を伝える事が出来るようになりました。要するに発信する…
 
今回は、旧約聖書のイザヤ書から5回目のメッセージです。先週からはイザヤ書の第二部にあたる諸外国への宣告について学び始めています。この宣告は13章から23章にかけて書かれています。その最初はバビロンに対してのものでした。簡単に振り返ります。バビロンへの宣告の中心的な言葉の一つは、14章4-6節に書かれています。「しいたげる者はどのようにして果てたのか。横暴はどのようにして終わったのか。主が悪者の杖と、支配者の笏とを折られたのだ。彼は憤って、国々の民を打ち、絶え間なく打ち、怒って、国々を容赦なくしいたげて、支配したのだが。」と。バビロンが主によって打ち滅ぼされたのは、彼らが、他の民をしいたげ、横暴に振る舞い、民を打ち、悪者であり、そのような支配者であったからであることが言及されています。この宣告…
 
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