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バイリンガルの礼拝メッセージです。You can hear message.(English-Japnese)教会に行ったことがない人も、気軽に聞いてみませんか?ipodをお持ちの方はこのボタンからも聞けます。If you have ipod, please click this button. (iTunesが立ち上がります。iTunes starts.)IBFサイトはこちら
 
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今回は、「信仰がなくては、神に喜ばれることはできません。」(へブル11:6)からの2回目のメッセージです。既に、11章全体は信仰にテーマを置いていますが、目標を目指して、忍耐を持って生きるようにとの勧めの文脈の中で書かれていることを指摘しました。10章19節から始まるいくつかの勧めのなかで、その模範となる方々を旧約聖書から選んで、私たちを励まそうとしているのです。私たちもこれらの信仰の偉人にならって、試練や困難な中でも、神の言葉を握りながら、ゴールを見失わない生き方を目指して行きたいと思っています。今回は、旧約聖書の中でも信仰の父と呼ばれるアブラハムを取り上げてみます。それでは、へブル11章6-19節を読んでみてください。 11章6節には、「信仰がなくては、神に喜ばれることはできません。神に…
 
今回は、「わたしの義人は信仰によって生きる。」(へブル10:38)からのメッセージです。前回指摘しましたが、この聖句はハバクク書2章4節からの引用です。キリストを信じて義とされた者は、信仰を持って生きる歩みをスタートします。試練や困難な中でも、神の言葉を握りながら、天国への信仰をもって、ゴールを見失わない生き方を目指して行きたいと思っています。信仰、この言葉を今日は、私たちの生活を踏まえて考えて行きたいと願っています。それでは、へブル10章37-11章7節を読んでみてください。 前回は、「約束のものを手に入れるために必要なのは忍耐です。」とのテーマでメッセージを語りました。大きな報いがあることを信じて、忍耐と信仰を持って生きる。そのように、大きな試練の中にある初代教会の信仰者に向かって、ヘブ…
 
今回は、「約束のものを手に入れるために必要なのは忍耐です。」(へブル10:36)からのメッセージです。忍耐と信仰、これらの言葉が今日のメッセージの中心的な言葉となります。以前に指摘したように、初代教会は大きな迫害を経験することになります。そのような環境下で、キリストへの信仰を捨てて、ユダヤ教に戻ろうとする方々も多く起こってきたようです。そのような、彼らに、厳しい警告の言葉が語られてまいります。厳しい警告の言葉とともに、確信、大きな報い、そして忍耐との言葉を用いて、困難な環境の中で生きていく信仰者を励ましている、それが今日の箇所です。それでは、へブル10章26-39節を読んでみてください。 まず、26節から31節まで、ユダヤ教に戻ろうと考えている信仰者に向けて、厳しい警告の言葉が語られています…
 
今回は、「真心から神に近づこうではありませんか」(へブル10:22)からのメッセージです。前回は「私たちは聖なるものとされているのです。」(へブル10:10)とのテーマでメッセージを語りました。あなたも、私もキリストの十字架を通して、罪の赦しを得ているのです。神は信仰を持つ私たちを聖い者と認めてくださり、私たちは大胆に神の前に出て行くことができるのです。そのような内容を語ってまいりました。前回までで、実は、5章からスタートした大祭司キリスト論の学びを終えたのです。今回の箇所は、いままでの教えに基づいた、具体的で大切な勧めの箇所であると言えます。それでは、へブル10章19-25節を読んでみてください。 19節は、こういうわけですからと書き始めています。大祭司であるイエスがおられるのだからと、今…
 
There are some passages in the bible that are hard to explain theologically. Like Jesus getting baptized in the River Jordan by John. It just doesn’t make sense theologically. After all, John’s baptism was a baptism of repentance and forgiveness. But our theology maintains that Jesus was without sin. So why would Jesus receive this baptism? Theolog…
 
今回は、「キリストは新しい契約の仲介者です。」(へブル9:15)からのメッセージです。前回は、クリスマス礼拝で、神の絶妙な選びのタイミングでイエスの誕生が起こったことを語りました。マタイ1章17節には、「それで、アブラハムからダビデまでの代が全部で十四代、ダビデからバビロン移住までが十四代、バビロン移住からキリストまでが十四代になる。」と書かれています。三区分にまとめられている、各区分の最初の人名または出来事は、神の契約と関係があります。それらの契約はキリストにおいて成就したのです。そのように前回は、指摘いたしました。そのことを簡単に見てみましょう。神とアブラハムとの契約が最初のものですが、創世記12章3節には、「地上のすべての民族は、あなたによって祝福される。」と約束されています。地上のす…
 
「ダビデの子ヨセフ。恐れないであなたの妻マリヤを迎えなさい。」(マタイ1:20) メリークリスマスとご挨拶をいたします。今日は、クリスマス礼拝を皆さんとささげています。クリスマス、英語でChristmasと書きますが、ChristとMasでその意味は、キリスト(の誕生)をお祝いする、またはキリストを礼拝する、そのような意味を持つ言葉です。キリストとはギリシャ語で救い主の意味を持ち、ヘブル語ではメシアのことです。このメシアが生まれる、それは旧約聖書の中心的な預言です。今年のアドベントの期間、私は旧約のイザヤの預言の言葉を読んでまいりました。もう一度、そのいくつかを振り返ってみます。イザヤはイエスが生まれる約700年前に生きて活躍した預言者です。まず、この救い主は、ダビデの子孫として生まれます(…
 
主にある兄弟姉妹の皆さん、おはようございます。前回から「交わり」をテーマにお話ししています。「交わり」はとても広いテーマです。先月、交わりは神との繋がり、そして他の信徒との繋がりでもあることをお話ししました。今日は、別の視点から、交わりの二つの側面についてお話しします。第一にパートナーシップとしての交わり、第二に他の信徒の必要を満たすために物で支援する交わりについてです。お祈りします。 交わりはパートナーシップ 聖書の「交わり」という言葉にはパートナーシップ(共同、協力関係)という意味があります。新約聖書ではコイノニア(koinonia)とメトコス(metocos)という二つのギリシャ語が使われています。この二つのギリシャ語は、交わりの意味の他に三つの違ったタイプのパートナーシップの意味があ…
 
今回は、「キリストは変わることのない祭司の務めを持っておられます。」(へブル7:24)からのメッセージです。前回のメッセージと同様に7章24節からのメッセージです。24節と25節は、とても大切なみことばであると私は思います。キリストは永遠に存在され、変わることのない祭司として私たちのために、とりなしの働きをされておられる。この神様の約束を信仰を持って受け取って行きたいと願っています。今まで、イエスは天の至聖所に私たちの先駆けとして入り、永遠にメルキゼデクの位に等しい大祭司となられたことを学びました。メルキゼデクの位に等しい大祭司との表現を通して、レビ族の祭司ではない新しい祭司が神によって立てられ、旧約の律法からの解放が起こってきました。新しい大祭司を立てることは、神のご計画であり、旧約聖書が…
 
今回は、「キリストは永遠に存在される」(へブル7:24)からのメッセージです。24節と25節は、とても大切なみことばであると私は思います。キリストは永遠に存在され、祭司の務めを持っておられ、私たちのために、とりなしの働きをされておられる、この神様の約束をすなおに、信仰を持って、受け取って行きたいと願っています。6章の最後で、へブル書の作者は、イエスは天の至聖所に私たちの先駆けとして入り、永遠にメルキゼデクの位に等しい大祭司となられました。と書いています。7章から、メルキゼデクはどのような方であったのか、そして、メルキゼデクはレビ族の祭司よりも優れていることを語り始めます。旧約のメルキゼデクが指し示す、私たちの救い主、イエスに対する信仰を益々深めて行きたいと願っています。それでは、へブル書7章…
 
今回は、「信仰と忍耐によって約束のものを相続する」(へブル6:12)からのメッセージです。神様の約束は変わらなくても、私たちは、状況に左右されて、目標を見失いやすい者です。このヘブル書の受け取り人も、ローマ帝国内で起こっていった迫害を恐れて、信仰を失う危険性があったようです。しかし、神の約束は変わりません。救われた者を神は見捨てることはなさいません。困難と共に脱出の道を備えておられます。第一コリント10章13節を、ぜひ読んでみてください。「試練とともに、脱出の道も備えてくださいます。」と書かれています。これは、神の約束です。多くの場合、試練は人を成長させるものです。神の約束を信じて、信仰と忍耐によって約束のものを相続する者とさせて頂きたいと思います。それでは、へブル書6章9-20節を読んでい…
 
主にある兄弟姉妹の皆さん、おはようございます。新型コロナの感染が出始めてから約1年がたとうとしています。新型コロナは経済にも、また私たちのメンタルの部分においても打撃を与えています。孤独を感じ、気分が落ち込む人、自殺も増えているようです。 人との繋がりが絶たれ、孤独になる時に人間は辛さ、苦しみを覚えるということが、この新型コロナを通して見えてきます。私たちが健康に生きていくには人との繋がりがとても大切なのです。繋がりという言葉は、聖書では「交わり」という言葉でよく表されていると思います。「交わり」は非常に大きなテーマとなるので、2回に渡ってお話ししたいと思います。今日は交わりを「関係、繋がり」という観点からお話します。来月は、パートナーシップ、具体的なもので支え合うという観点からお話します。…
 
今回は、「成熟を目ざして進もうではありませんか。」(へブル6:1)からのメッセージです。へブル書の作者は、5章から、大祭司としてのイエスの働きを詳しく述べ始めます。それも、イエスは、アロンの子孫以上の者、メルキゼデクの位に等しい祭司であることを語って行きます。しかし、その内容がどんなに素晴らしいものであったとしても、それを聞く者の姿勢がとても大切で、正しい姿勢で、聞く必要があります。神のことばを正しい姿勢で聞く時に、みことばはその人を変える力があるからです。逆もしかりです。正しい姿勢で聞かないと、岩地にまかれた種のように、芽が出ても枯れてしまいます(マタイ13:5,6)。もう一度、信仰者として成長する人生がある、そのことに気付いて行きたいと願っています。成熟を目ざす人生をご一緒に求めて行きま…
 
今回は、「キリストはとこしえの救いを与える者となられた。」(へブル5:9)からのメッセージです。へブル書の作者は、5章から、大祭司としてのイエスの働きを10章18節まで詳しく述べ始めます。まず、一般的な大祭司の役目に触れ、キリストこそは、アロンの子孫以上の者、メルキゼデクの位に等しい祭司であることを語っていきます。今日は、イエスの大祭司としての働きを学ぶと共に、私たちは、イエスの祈りに支えられて生きる者であることを学んでいきたいと思っています。それでは、へブル書5章1-10節を読んでいただきたい。 前回のメッセージで、私は、キリストは私たちの弱さに同情することのできる大祭司であることを語りました。4章15節を再度読んでみてください。「私たちの大祭司は、私たちの弱さに同情できない方ではありませ…
 
今回は、「大胆に恵みの御座に近づこうではありませんか。」(へブル4:16)からのメッセージです。大祭司なるイエスは、私たちの弱さに同情できる方、また、私たちと同じように、試みに会われた方、その方がおられるので、安心して恵みの御座に近づこうと勧めています。今日は、その箇所を一緒に学んでいきたいと思っています。それでは、へブル書4章14-5章10節を読んでいただきたい。 今まで学んできたことをここで整理してみます。イエスは、万物の創造者であり、相続者であられる(1:2)。イエスは、神の栄光の輝きであり、神の本質の完全な現れである。また、罪のきよめを成し遂げて、すぐれて高い所の大能者の右の座に着かれた方である(1:3)。そのように、キリストの神性について、まず、強調しています。同時に、イエスは全く…
 
今回は、「恐れる心を持とうではありませんか。」(へブル4:1)からのメッセージです。神の安息にはいるために、恐れの心を持つことは大切です。それは、神の言葉を恐れる心を持って聞くこと、それも神の言葉を福音としてしっかりと聞いていくようにと私たちはチャレンジされています。それでは、へブル書4章を読んでいただきたい。 4章1節には、「神の安息にはいるための約束はまだ残っているのですから、あなたがたのうちのひとりでも、万が一にもこれにはいれないようなことのないように、私たちは恐れる心を持とうではありませんか。」と書かれています。まず、神の安息について考えてみます。イエスが大祭司として、私たちクリスチャンに与えくださるもの、それが神の安息です。イエスは十字架につき、私たちの罪を赦し、私たちと神との関係…
 
数週間前、ある友人が私に「神を賛美する生活はうまくいってる?」と尋ねてきました。「えっ?それって祈りの生活っていう意味?」と私は聞き返しました。友人は、「いや、祈りの生活じゃなくて、神を賛美する生活のことだよ。」と言って、神を賛美する生活とは何かを説明してくれました。それは日々神に心を向ける時間を作り、神のご性質や神がなしてくださったことをほめたたえる生活のことだと教えてくれました。 私はそれを聞いて、新型コロナウィルスの状況になってからの数か月間、自分の神への賛美が十分ではなかったことに気付かされました。確かに自分の不安を御前に注ぎ出しましたが、神へ感謝を捧げる時間が多いとはいえなかったことを反省しました。困難のただ中にいると、神を賛美することがなおざりになりがちですね。 「だから、神を賛…
 
今回は、「イエスのことを考えなさい。」(へブル3:1)からのメッセージです。私たちクリスチャンは、イエスを信じて清められた者であること、教会の一員とされていること、そして、日々互いに励まし合って生きる関係にあることを語って行きたいと願っています。それでは、へブル書3章を読んでいただきたい。 3章1節には、「そういうわけですから、天の召しにあずかっている聖なる兄弟たち。私たちの告白する信仰の使徒であり、大祭司であるイエスのことを考えなさい。」と書かれています。この聖句から、まず、私たちクリスチャンは、天の召しにあずかっている聖なる兄弟姉妹たちであることに気づかされます。召されるということに関して、第一テモテ6:11、12節を参照してほしい。「しかし、神の人よ。あなたは、・・正しさ、敬虔、信仰、…
 
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